【短篇小説】神楽坂ルミのワンダフル☆デイズ#3【ショートストーリー】
・この物語は"メタ"フィクションです。
僕は神楽坂ルミに強制連行され、謎の地下室にいた。薄暗くてよく見えないが、なんだかデスゲームが催される某ホラー映画の舞台みたいだ。
「本当にこんなところにいるのか?その天才発明家ってヤツが」
「ええ。おかしいわね、22時頃着くと連絡しておいたはずなんだけど」
「まだ寝てるとかか?」
神楽坂ルミ曰く、文化祭で校内を自由自在に動き回るロボットを製作できるというその天才発明家は昼夜逆転の生活を送っているらしかった。
時を遡ること数時間前、僕は彼女に言われるがままに最寄り駅周辺の学習塾なんかが入っている雑居ビルへと向かい、そこで彼女と合流した。そしてB1Fにあるカラオケスナックへ入ると、神楽坂ルミはそこのママらしき女性と視線を交わして無言で頷き合い、ポケットから鍵を取り出して奥にある従業員専用口のようなドアを解錠し、そこに現れた階段を降りてこの地下室に来たのだった。
神楽坂ルミのイレギュラー感にはもう馴れたと思っていたが、この女はやはり未知数だ。
部屋には脱出ゲームのように扉がいくつか存在しており、その他には何もない。非常に無機質な空間だ。神楽坂ルミは出てこないわね、と呟くと右手の親指と人差し指で輪っかを作り、ピューと指笛を吹いた。
「いや、そんな動物呼ぶみたいな……」
部屋の右奥にある扉がガチャッという音を立てて開いた。えぇ……なんかそれっぽいおじさん出てきた……。中肉中背、わかりやすく前髪が禿げかかっており、いかにも平均的なおじさんという感じだ。しかし、どこか表情に人間味がない気がする。そのおじさんは徐々にこちらに近づいてくると、2メートルほど距離を置いた状態で立ち止まった。
「紹介するわ。こちらがメカニックなおじさん、通称……………………………………………『メカニックおじさん』よ」
「いやそのままじゃねーか!そんなに溜めて言う必要あった?せめて『メカおじ』に略せよ」
その『メカニックおじさん』と呼ばれるおじさんは無表情で軽く会釈をしてきた。
「あ、どうも、初めまして。神楽坂ルミのクラスメイトの赤坂謙と申します。」
『メカニックおじさん』はしばらく僕の方を見つめた後、ゆっくりと口を開いた。
「犬にファミチキをあげないでください」
「は?」
聞き違いだろうか。なんかテレビでよく見る犯人役の音声みたいな覆面ボイスでよくわからないことを言われた気がする。
「犬にファミチキをあげないでください」
えっどういうこと?と僕が困惑していると神楽坂ルミが言った。
「『メカニックおじさん』はね、M博士の手によって製造されたアンドロイドなの。博士が家事をやるのが面倒臭すぎて誰か代わりにやってくれないかなー、あ、そうだ自分で家事代行ロボットを造ればいいじゃん、という風に閃いて開発された。はい、じゃあ帰っていいわよ。博士を呼んできてちょうだい」
いやメカニックなおじさんってそういうこと!?このおじさんがロボットを造ってくれるんじゃなくて、このおじさん自体が人間の型を模したアンドロイドなのかよ。
「何だよ紛らわしいな、じゃあこの『メカおじ』はその天才発明家の博士ではなくて博士が造った作品で、僕たちが依頼しに来た博士はまた別にいるってことね?」
「そういうこと」
しかし、しばらく待っても何の音沙汰もない。『メカおじ』が扉の向こうに戻っていってからかなりの時間が経っていた。
「なぁ、普通にこちら側から扉を開ければいいんじゃないのか」
「あの扉はオートロックよ。それに博士を研究室の外に引きずり出すのは至難の業なの。しょうがないわね、ちょっと電話をかけてみるわ」
神楽坂ルミはピンクのスマホを取り出し、通話ボタンをタップして耳に当てた。
その瞬間、向かって真ん中の扉の奥から殺伐としたこの空間に場違いな電子音が大音量で鳴り響いた。
ヒゲッキュア♪ヒゲッキュア♪ヒ~ゲキュッア♪ヒ~ゲキュッア♪ヒ~ゲキュッア♪ヒ~ゲキュッア♪
「何だこの…………着信音?」
「何って、20年ほど前に世間を席巻したあの国民的おじさん向けアニメ『ふたりはヒゲキュア~ヒゲ剃りには負けても上司の叱責には負けるな~』のオープニングテーマ曲だけど」
「知らねーよ!?何の二次創作!?」
ていうか普通にノックすれば良くない?と思ったが今更言うのも面倒臭かったのでやめた。
気の抜けるようなメロディーが流れて数十秒ぐらいした後、音のする方の扉が勢いよく開いた。遠目からでもゴミ屋敷の一角のような、煩雑とした部屋模様が確認できた。そして開いた扉から唐突にヨークシャー・テリアと思わしき小型犬が飛び出てきた。
小型犬は僕と神楽坂ルミの前で「小生はファミチキよりスパイシーチキン派だって何回言ったらわかるんだワン!」と言いながら、自分の尻尾を追いかけるようにしてなんか目の前をぐるぐるぐるぐる旋回していた。
「えっ!?犬が喋ってる!!っていうか今起こっていることがシュールさを極めすぎて作者の描写力が追いついていないし読者も多分今どんな状況かはっきりわかっていない気がする!」
その後にのっそりと扉から出てきたのは、ボサボサに伸びた白髪が胸の下まで伸び、口周りが脂でギトギトになった、わりと体格のある初老の男性だった。外見から予想される年齢とその恰幅の良さがミスマッチで、なんとも不気味な印象を与える。
「おお、来とったんかルミよ」
「遅いわよ、22時頃に着くと連絡したじゃない」
「おお、すまんすまん。昨日やっと人間が野菜や果物に対して性的興奮を抱けるようになるホルモンを開発できてなぁ……しかしアレじゃな、ネットでは腐るほどよく見るエッチな形状の野菜って現実ではそう簡単には見つからんもんじゃなあ。はるばる遠方のとうもろこし畑まで出かけたというのに不法侵入で通報されてポリ公に半日職質じゃわい、わしは真剣に研究しとるというんに、まったく。あんなんだからこの国の学力は低下の一途を辿るんじゃ。まあそんなこともあって疲れたのもあり、ちと寝過ぎてしもうたんじゃ」
「あ、あの、すみません。初めまして、神楽坂ルミのクラスメイトの赤坂謙と申します。色々ツッコミどころはあるんですが、まず犬が喋ってるこの状況は現実ですか……?これは一体……?」
「小生はファミチキよりスパイシーチキン派だって何回言ったらわかるんだワン!セールで割引されてたからって簡単に流されるなワン!いい加減にしないとお前の臓物食いちぎるワン!」
やけに具体的な文言を発しながら目の前でぐるぐる旋回するヨークシャー・テリアっぽい犬をちら、と見やるとそのM博士なる人物は言った。
「ああ、これはな、喋ることが出来る犬、そう通称………………………………………………『喋る犬』じゃ」
「いやそのままじゃねーか!だからそんな溜めて言うなよ、こんなしょうもないボケのために無駄に文字数使うな!」
「略して『しゃべいぬ』ね」
その長さだったらもう略す必要ないだろ、と神楽坂ルミにツッコもうとしたその時、急に嗚咽するような声が聞こえた。
驚いて後ろを振り返ると、なんと神楽坂ルミが泣いていた。いきなりの展開に僕は面食らった。
「博士、もうやめてください…………」
え?今のどこに泣く要素あった?頭が追いつかない。
予想外の事態に直面し、急に激しい焦燥を覚える。神楽坂ルミが泣いているところを初めて見たからだ。それは僕には犬が喋った、ということと同じぐらい非現実的なことに思えた。あの神楽坂ルミが泣いているという事実が、如実に事態の深刻さを物語っているような気がした。
直感的に嫌な想像が働く。もしや神楽坂ルミは、この博士に良からぬことをされているのだろうか。それで僕に助けを求めて……。
「M博士……いい加減に、もうやめてください…………」
「おい、もしかして……」
僕は自然と神楽坂ルミを庇うようにM博士の前に立つ。
なんで気付かなかったんだ。こんな不自然な場所で活動している時点で怪しさ満点じゃないか。それにただ「ロボットを造ってくれ」と言うだけならわざわざ僕を連れてくる必要なんかない、電話とかで済ませられたはずだ。博士に対して最初タメ口だったのに急に敬語になってるし、やっぱりシリアスな問題に彼女は巻き込まれているのだ。
事前に説明がなかったのは…………言えないか、そうだよな。人間には等しく、守られるべき尊厳というものがある。
「もうこれ以上、やめてください…………」
後ろで肩を震わせながら啜り泣く神楽坂ルミの気配を感じ取ると、胸にむくむくと怒りが沸き上がってきた。何をしていたのか知らないが、このM博士とかいうヤツは神楽坂ルミを泣かせるようなことをした、とんでもない極悪非道な人間なのかもしれない。問い詰めようとしたその矢先、神楽坂ルミはほぼ金切り声に近い声で叫んだ。
「もうこれ以上、犬にファミチキをあげないでください!!」
「は!?っていうかさっきからそれ何なの!?」
「やれやれ……しょうがないのう……」
M博士は観念したような表情を浮かべると、おもむろに白衣のポケットから小型スイッチのようなものを取り出すと、そこに付いているボタンを押した。その瞬間、ドカンと大きな音を立てて喋る犬が爆発した。
「ええっ!?喋る犬ーーーーーーーーーッ!!」
怒涛の展開に僕は唖然とした。あたりにはバラバラになった機械の破片が散乱している。
あ、なんだ、この犬も生きてる犬じゃなくてこのM博士とやらが発明したロボットみたいなモンだったんだな、安心安心……。
「ってなるワケねーだろ!コメディー作品にあるまじき恐ろしくグロテスクな光景が眼前に繰り広げられてるぞ!いくら生身の生命体でないとはいえ、精巧に作られた眼球とか内蔵が床に転がってんのは流石に直視に堪えないよ。っていうかどこまでディテールに拘って造ってんだ!色々リアル過ぎるし仄かにファミチキ臭いし吐きそうになってきた……」
「いや、君が最初にわしの仕事場を某ホラー映画で催されるデスゲームの舞台みたいだとか形容するものだから、じゃあやっぱり最低限のホラー要素を入れ込んであげないとダメだなと思って……」
「それだけのために!?ダメじゃないよ要らないよその変な方向の親切心!」
「でも結局、開発するのに3年以上もの時間を費やした会話可能ドッグロボットをこんな取るに足らない理由のために自らの手で爆発四散させたという、そんなわしのサイコパス性が一番怖いじゃろ?せっかく世界中の言語を自由自在に喋れるように発明したのに3フレーズぐらい喋っただけで退場させたのもめちゃくちゃ怖いじゃろ?」
「それは確かに怖い……メタ怖……人生で初めて『メタ怖い』という感情を獲得した……」
神楽坂ルミは「これで博士が買いすぎたファミチキを処理させる対象がいなくなったわね、安心したわ」とわけのわからないことを言って、「じゃあ本題に入るけど」と何事もなかったかのように今回の用件を話し始めた。
「ああ、つまり要するに、わしに面白機能満載のロボット造れってことじゃな。了解了解、やっとくやっとく~」
そう言うとM博士なる人物は元いた部屋に引っ込んでいき、バタンと扉を閉めた。
やっぱり普通に電話とかで済ませられただろこれ。
神楽坂ルミは閉まった扉に向かって「ファミチキは1日1個までにするのよ!」と呼びかけると、じゃあ帰るわよと言って階段を上り始めた。
「お、おい、僕は夢でも見てるのか?結局あの人の本名も素性も僕にはほとんどわからなかったけど大丈夫なんだろうな?あんな変なのに任せて。そもそもM博士のMって何なんだ、松本とか村上とかのイニシャルか?」
「いや、M博士のMは普通にマゾヒストのMだけど。説明するまでもないわよね」
「………………………………。」
僕は頬をつねってみたが、残念ながら夢ではないようだった。
つづく
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