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連載小説 『チョコレート中毒』 ー 第F章 ー
その日もFは
不安な気持ちに
押しつぶされそうになっていた
夕方
Eから
今日は仕事が忙しく
家には帰れないと
メッセージがあったからだ
1週間に1度程度だった外泊が
最近では2〜3度なんてこともある
外泊の理由は
主に仕事で
言い訳理由の定番とも言える
出張での連泊もある
最近では友人や実家までもが
外泊理由になりはじめた
自分の時も
そうだった……と
Eに彼女がいると知りながらも
つきあっていた頃のことを思い出す
Fのとなりでスマホを操作し
同棲中の彼女へと
メッセージを送っていたE
そんなEを見つめながら
ひそかに女としての
優越感を感じていた
——自分の方がいい女なのだ——
Eの浮気相手だった時に感じていた
自分の方が愛されている——という
屈折した幸せは消え去り
どうしようもなく
不安に苛まれる状況がつづく——
Eの外泊に対して
愚痴の一つでも言おうものなら
モラハラのように
上から目線で責めてくる
モラハラが日常的になってからは
自分に自信をなくしてしまい
Eを失ってしまうことへの
恐怖心がさらに強くなってきている
Eが帰ってこない夜——
Fは今晩もまた
自分と同じように
パートーナーに対して
悩みを持つ友人と
長電話で愚痴を言い合い
束の間だけの気休めを得る
電話が終わると——
また一人で
不安に押しつぶされそうな気持ちのまま
浅い眠りの中へと入っていく
❤︎
Fが小学校に入学する3ヶ月前——
Fの父は愛人をつくって
家を出ていってしまった
残された母と
2歳上の兄との3人での生活
会社を経営していた父は
家の権利を母に譲り
離婚後も養育費を渡していたらしく
Fたちが生活に困るようなことはなかった
母は兄だけを溺愛し
父に似たFのことには無関心で
愛情を示すようなこともなかった
学校の成績が悪いと
母からひどい扱いを受けるのが嫌で
勉強だけはそれなりに努力した
兄もFも
中学校から私立の学校に行き
そのままそれぞれの大学にまで
エスカレート式に進学した
大学に入学してから
アルバイトを始めたFは
アルバイト先の30歳代のオーナーと
暫く不倫関係を続けていた
オーナーの妻が妊娠したことがわかり
その不倫関係は終わった
別れたFは同じサークルの仲間から
アプローチされつきあったが
ものたりずにすぐに別れてしまった
一人でいることが不安なFは
すぐに適当な次の男を見つけていた
Fは
いつもなぜだか
女のいる男の方に惹かれてしまう……
自分だけを愛してくれるような
誠実な男たちよりも
すでに女のいるような男たちにしか
興味がわかなかった
すでに女のいる男が
自分の方をより愛すようになる——
そういう関係を持つことを望んでしまう……
——それが楽しかった——
母とは違い
自分をかわいがってくれた
父の記憶のせいなのか……
いい男たちは浮気をして当然——
というように思ってきた
自分はいい男たちと一晩でも
遊びであっても
楽しいひとときを過ごせれば
それでいい——と思ってきた。
初めて本気で恋に落ち同棲をして——
幼い頃に父が出ていって以来だった——
家で男の帰りを待つという経験をして
どうしようもない不安に襲われ
嫉妬という感情に圧倒された
嫉妬という
人間のダークな面の感情が
やがてEを救いへと
導くことになっていった——
❤︎
自分自身の
醜いほどの嫉妬心と
苦しい不安感に疲れ果てていたF
気分転換に参加した
大学時代のサークル仲間の集まりで
かつてのパッとしないが
Fにとっては唯一の
誠実だった恋人に再会した
今もパッとしないかつての恋人——
めざしていたホテルマンとして
順調にキャリアを重ね
充実した人生を送る彼の顔には
やさしさが滲み出ていて
一緒にいると何だかホッとできる
存在に成長していた
一流ホテルマンとして
身についたサービス精神で
暗い表情をしていたFにも
さりげないやさしい
気遣いをみせる
地味だが清潔に整えられたスーツ姿
ありふれた銀縁フレームの眼鏡
でも彼の瞳には
仕事への情熱が感じられる鋭さがあった
Fは少しづつ
誠実な男性の
魅力に目覚めていった——
❤︎
10年後——
浮気とモラハラを繰り返す
Eとの『共依存恋愛』生活に
別れを告げたあと
大学時代のかつての
パッとしない恋人——
ホテルマンの彼と
再びつきあうようになっていった
——今度は彼に本気で恋をして——
Fにとっては初めての
幸せな人間関係を築けた相手——
かつてのパッとしなかった
マジメで誠実な恋人は
歳を重ねるごとに
人間としての深みを増し
どんどん魅力的な男になってきている——
以前は
チョコレートに全く興味のなかったF……
今では
冷蔵庫にはいつも
数種類のチョコレートがストックされている
——チョコレートが大好きな
マジメで誠実な愛しい夫のために——
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