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連載小説 『チョコレート中毒』 ー 第E章 ー

その日Eは
結婚パーティーに
参加するために
愛車のポルシェ・マカンで
取引先のカフェへと向かった

全国展開している
カフェの1号店の
元マネージャーDとは
以前は
プライベートでの
つきあいもあった

一緒に暮らしていた
彼女に出ていかれた後
体調を崩し退職して
海辺の町へと
引っ越したと聞いていた

カフェのオーナーから
Dが結婚したと聞いたのは
新しい広告の
打ち合わせのときだった

アルコールを断ち
昔のように
またサーフィンをはじめて
健康を取り戻したDは
別れたCに毎週のように
会いに行っていたらしい——

精気と正気を取り戻したDは
自分がCに対して
してしまった行為を
心から恥じ申し訳ないと思い
直接会って謝りたかったのだ

Dに会うことを
断固拒否していたCも
カフェのオーナーから
Dが禁酒を続けていること
会って謝りたい——と
心から後悔していると諭され
ここで再会したらしかった

こうして

Eの目の前には
焼けた肌に別人のように
引き締まった体になったDと
そのトナリで
大きくなり始めたお腹を
カバーするかのように
ゆるやかなラインの
ワンピースを着た
幸せそうに微笑むCが
並んで立っている

一度は別れた二人の
幸せそうな姿を見て
思わずEはAのことを
思い出してしまう

自分もいつかまた
Aとよりを戻せるのではないか……
そんな考えが頭から
完全に消えることはなかった

別れを告げられたあの日から——

このパーティー会場でも
Eを目当てに寄ってくる
女たちは後を絶たない

大手広告代理店で働くEは
華やかな世界とのつながりも多い

それなりの年収のおかげで
高級なスーツや靴を身にまとい
腕にはロレックスの時計

流行りのレストランや
クラブへの出入りも多く
いつもゴージャスな女を連れている

今日も
後輩たちからは
羨望の眼差しで見られている

Aと会う以前も

別れた後も

今も

——いっときもEに
女の存在がなかったことは無い——

それにもかかわらず

Eが満足できることはなかった……


❤︎


世間から見れば
順風満帆なEにとって
時は過ぎ去るように
流れていった——


二十歳ぐらいの頃から
女に困ったことがないE

さんざん女遊びをしてきたが
運命の女と出会い結婚——

しかし
Eが既婚者と知りながらも
言い寄ってくる
魅力的な女たちの誘惑を
断るなんて理由はないと
平気で浮気を繰り返し
結局すぐに離婚した

Eの離婚を望んでいたうちの
一番いい女とすぐに同棲を始めたが
Eの女遊びは続いた

——俺は特別な人間なんだ——

ずっと
そう思ってきた

それを覆されたのが
Aによってだった——

それまでの女たちとは違い
自分から熱心にアプローチして
最終的にはAの家に
転がり込むようなカタチで
同棲するようになっていった

それでも

Eの浮気は続いた——

仕事熱心だったAは
Eの帰りが遅くなろうが
たまに外泊しようが
気に留めるようなことはなかった

——A自身がそうだったから——

Eも自分と同じように
仕事熱心なのだと思っていたA——

休日
友人とショッピング中に
Eが知らない綺麗な女と
腕を組んで歩いているのを見て
Eの浮気を知った……

浮気がバレたEは
「オマエが一番大切だ!」
別れないでくれと懇願した

今までの女たちは
そう言えば許してくれた

もう浮気は
絶対しないという条件のもとに——

だが

Aは違った——

AがEに放った言葉は
「浮気をするような人間性が嫌だ!」
「まだ本気なら許せたかもしれない」
というものだった

少し複雑な過程環境のために
母親から甘やかされて
育ったEとは違い
AにはEの特別意識が
我慢できなかった

誠実さや謙虚さという言葉とは
無縁のようなE

そんなEの本性を見抜けず
つきあった自分の愚かさを恥じ
心から後悔したAは
自分の生き方を変える決心をした

——その決意は固かった——

その後Eは
泣き落としなど
あらゆる手段でAと復縁しようと
手をつくした

数年経ってからですら
Aがカナダから一時帰国していると
知ったときには
数回コンタクトを試みたが
全く相手にされなかった

AはEのことなど興味なかった——

あれからもEには
女の存在がきれるようなことはない

最近では
自分自身でも
セックス依存ではないかと
思ってしまうようなときもある……

Aに限らず
過去に自分のもとを
離れていってしまった
女たちのことが忘れられない——

——本当にいい女だった——と

本当にいい女たちは皆
自分のもとを去っていってしまう——

歳を重ねた最近のEは
無性に不安に駆られることがある

現在同棲中の
ゴージャスな女のトナリで
過去のいい女たちの想い出に耽る

そして

こんな特別な自分のもとに
いつかまた
Aが戻ってきてくれるのではないか……
と夢想する

あのフラれた日から
十数年経った今でも——

Dのように
まわりが心配するほどにまで
落ちてしまうようなことがなかった
中途半端なEには
Dのように劇的に変われるような
チャンスが訪れることも無い

歳の経過と共に
多少人間が丸くなったような
気もしなくはないが……

Eの自分本位な特別意識は
相変わらずのままで
Eが満たされるようなことは
決してなく

浮気癖——
つまり
——『セックス依存』が治ることもない——

表向きには
収入も増え豊かになり
生活は以前よりさらに安定している

相変わらず女に困るようなこともない

それでも

Eが精神的に満たされることはない……

生活が安定していても
精神的に安定しないEと
つきあう女たちにも
精神的な安定がもたらされることはない

Eも女たちも
何かを求めても得られず
それが何かもわからず
常に見えない不安と共に
生きることになる——

『共依存恋愛』の
彼らと彼女たちの
満たされない空虚な人生は——

こうして日々
虚しく繰り返されていく……



By ナカミチ タツナリ

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