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クイズ番組の真似 講師生徒双方メリット(日本語教育)

我が地域の日本語教育ボランティア。
ボランティアさんの登録は50名ほど。生徒登録は100名越え。
原則として、ボランティアの受け持つ生徒数は、1〜3名。週に1回90分。
受け持つ生徒は、事情が生じない限り、何年もそのままということになっている。事情は考慮するが、「好み」は考慮しない(できない)ということだ。

私の日本語教育経験値は、2017年の52歳の時にアメリカミズーリー州ワシントン大学のサマースクールで、某奨学団体主催の日本語教授法を学び、
その後、ミシガンの某大学で3ヶ月ほど教鞭を取ったのみ。
それから2018年54歳の時に日本語教育能力検定に合格している。
ただ、アメリカに行く前に10年ほど自宅敷地内で中3専門学習塾(4名クラス)を運営していたのは、私の大きなアドバンテージになっている。

昨年の12月から始めた日本語教育ボランティア。
ベトナムからの技能実習生と、ブラジルからの会社員との混合で3名ほどを、大体「みんなの日本語」初級の20課前後あたりを教えていた(ボランティアで初級を教えられる人は少ない)。
が、5ヶ月を過ぎた5月下旬に、彼らとお別れし、今度はカンボジアからの技能実習生9名を、0から教えている

カンボジアで話されている言語はクメール語だ。
完全に日本語オンリーの直接教授法でしか教えられない。
しかも0ベースから。
それができる講師(ボランティア)がほとんどいないことから、
私に白羽の矢がたった。
直接教授法は、アメリカ行きの奨学制度で7週間朝から晩までみっちり仕込まれた(実践重視)。だから、一定程度やれる自信はある。

0ベースからやってくれと頼まれたが、
技能実習生、自国を出国する前に一度は初歩を学んでいる。
だから助かることもあるのだが、
いったいどのあたりがOKで、どのあたりがダメダメなのか、
探り探り授業をしているので、授業前は結構緊張する。

やさしすぎる授業は眠くなるだろうし(彼らは勤労者だから!)、
難しい授業は、論外。
眠っていても、テストをして、成績をつけて、落第させられる”学校の生徒”とは、その辺りが全く違う。
どの辺りに手を抜いて、どのあたりを丁寧にやれば良いのか、
授業の素案は十分に考えていくが、
実際は授業内で臨機応変だ。

そんなとき、中3専門学習塾でウケた方法を採用すると、うまくいくことがある
先日は、まさにそんな授業だった。

初めての授業の時、ChatGPTさんに相談して、クメール語でアンケートを作った。
「ひらがなを読めますか?書けますか?」「カタカナを読めますか?書けますか?」どの程度できますか?(パーセンテージに丸をつける)
読み書きをできるようにしたい、というより、
学びの中で文字をどれくらい利用してOKなのか?ということが知りたかった。
答えは総じて→ひらがなはなんとか読めるが、書くこと、カタカナはダメ!
だった。

実際、ひらがな読みは辿々しく、カタカナはかなり苦戦。
それらを今までの授業でおおよそ学んで、先日から”ひらがなの書き”をやっている。(もちろん、会話の授業も)

一通りドリルを使って一緒に書きの練習をした後(100均のドリル!)
定着しているかどうかを確かめるために、
中3専門学習塾時代にウケたクイズ方式をとってみることにした。

小さいホワイトボードとペンを配り、
私が「ほ!」と言ったら、「ほ」と書いてもらい、
「せーの、はい!(中学生には”ドン!”と言っていたが)」
と言って、一斉に机の上に開示してもらう。(席は半円形を描くように配置)

カンボジアからの生徒さんたち9名は全員30代以上の女性。40代の方もいる。
日本の中学生にウケたこの方法が馴染むのかどうか、
私としては賭けだった。

結果、
バカウケ
した。
施設の事務員が、「あまりに楽しそうだから写真を撮りに行った」ほどだった。
終わって、ボードを集めている時
生徒が
「た・・・たのー、たのしかった!」
「(うん!)たのしかった!」
と発していた。
以前、おそらくカンボジア内で覚えてきた「楽しかった」という言葉を、
実感を持って、自発的に使ったのだろう。
私は、そのことに胸を打たれた。
よかった。
言葉に実感が紐づけられて・・・!

この方法が良いことは、ウケること以外に、いくつかある。
まずは、他の皆の到達状況を、学習者が知れるということ。
できると思った生徒が、文字になったらダメだったとか、
あの人は、字が読みやすいとか。周りの到達状態を知ることは、実は大切なことだ。学習者が自分の学習の塩梅をとりやすくなる。
そして、自分がしばしば間違える傾向を知ることができるということ。
クメール語が母語の人は(他のアジアの国も?)「す」と「つ」の音の区別がわからない。”つくえ”を”すくえ”と書いてしまったり、”いす”を”いつ”と書いてしまう人がいた。彼らは、実は今まで”それは、スクエです””これは、イツじゃありません”と発音していたんだなー、と教師側にもわかるし、生徒も気づく。
学習者は、自己認識できるようになることが、とても大事だ。これを、笑いながら行えるのが、この方法だ
そして、教師側にとっては、一斉に、ほぼ一眼で、生徒の到達状況と弱点がわかる。
おおっとー!ここができないのか!
ここまでできるなら、この問題もいけるかな?
苦戦している人には”アイウエオ表”も渡し個別対応できる。
皆が共通して間違えるところ、今指摘しておかないとまずいことを、
そして、間違いをリアルタイムで、教壇から伝えることができる。

人間は記憶の可塑性(変形すること)が低い動物なので、ノートなどにひらがなを書いて提出し、後から間違いを指摘されても、なかなか訂正が効かない。
今、間違えたその時に指摘できることは大切だ。また、皆の表情を見ながら、わかるように伝えられるよう努力することもできる。
そして、この形式は、皆の弱点を何度も出題することができる。
苦手なものを出すと「ぎゃー!」と言いながら、楽しそうに書いている。

そうして、最終的には、
「それは、つくえです」

「おはようございます」
「じゃーねー」(←私の口癖を書いてもらった)
など、様々に書いてひらがな書きの授業パートは終わった。

そして、こんなことがボランティアでもできるのは、
学習塾時代に使った用具が残っているからなのであった。
自分の恵まれた(?)立場を利用している。

その後は、このクラスとしては初めての「聴解」(リスニング)問題に挑戦。(1〜3課の復習を兼ねている)
これは、割り箸に挟んだ◯✖️の札を掲げる(◯✖️問題をチョイス)。
ここで、◯や✖️の記号の意味など、文化的な話もできた。
このやり方も、皆の到達度が教師側からわかるので良かった。
これは、この授業のために用意。
組み立ては生徒。割り箸の「じゃない方」の使い方もわかって良かったのでは、と自己満足。

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