食と小話 | ドゥブロヴニク
食と共に思い出す旅のワンシーン・まとめ
モヒートとプロポーズ
Magnolia - レストラン
開けた空間には、シャトルバスの停車場がある。観光案内所もある。すぐそばに、小さな入り江を見下ろせる場所もある。
アドリア海の深い青をバックに記念写真を撮る観光客で、そこは常に混みあっていた。例に漏れず、私も数枚写真を撮った。
観光地に店を構えるには、これ以上ない理想的な立地と言えるのではないだろうか。レストランMagnoliaはそこにある。
街中を歩き回り、喉が渇いて立ち寄った。
店員に食事をするか聞かれるが、時間は夕方近く。ランチは既に済ませており、夕食には少し早い。私はドリンクだけと答える。
10~20程あるテラス席の中で、一番海に近い席に案内された。おそらくドリンクだけなので、夜のピークタイム前には店を出ると判断されたのだろう。ラッキーだった。
豊富な食事のメニューに気を取られつつも、ぐっと我慢をし、モヒートのみを注文する。
スパイスのきいたモヒートは爽やかで、歩き回って疲れた体に丁度良かった。なにより、外で飲む酒は本当に美味しい。
友人とくだらない会話を交えながら、ぼんやり景色を見ていると急に大きな歓声が聞こえた。
驚いて振り返ると、海をバックに男性が跪き、指輪を差し出しプロポーズをしていた。こんな“ザ・プロポーズ”を生で見るのは初めてだった。
「えっ!やばいやばい!プロポーズだよ!!」
と友人の腕を引っ張り、身を乗り出して二人を見守る。
男性はにこにこと優しい笑顔を浮かべ、跪いたまま、じっと女性を見上げている。女性は手で顔を覆っていた。
数秒、間を置いてから、彼女はゆっくりとした足取りで彼に近付く。顔を覆うその手を伸ばした。
女性の表情が露わになる。
男性はそれを見ただけで答えが分かったようだった。彼はゆっくり立ち上がると、彼女を受け止めるようにハグをした。
「Fuuuu~~~~~!!!!!」
そこらじゅうから祝福の声が聞こえた。私も「Fuuu~~~!!!!」と叫んだ。
周囲からの口笛や優しい言葉に笑顔を返しながら、ふたりはキスをした。
あたたかい気持ちでそれをしばらく眺めた後、私はコップに手を伸ばした。
モヒートは氷が溶け、少しぬるくなっていた。しかし問題ない。
他人の幸せを肴に飲むモヒートは、世界一美味しかった。
オリジナルパスタと携帯紛失
Rozario - レストラン
ドゥブロヴニク旧市街は路地と階段がとにかく多い。
ランチのために入ったRozarioも、路地から階段を上がった途中にある、こじんまりしたレストランだった。
店内とテラス席、どちらが良いか尋ねられ、迷わずテラス席を選択する。
テラス席と言えど、例えるなら階段の踊り場に席を設けているようなものだ。そのため、通されたテーブルのすぐ横がもう階段だった。
上から順番にメニューを見て行くと、その店オリジナルだという黒トリュフパスタを見つけた。おそらく看板メニューなのだろう。
友人と相談し、タコのマリネと共にそのオリジナルパスタを注文した。
どのレストランに入っても最初にパンが出てくるので、パンとマリネとパスタがあれば十分だろうという算段だ。足りなかったら、カフェに入ってデザートを食べればいい。
余談だが、ドゥブロヴニクのパンとコーヒーはどこの店に入っても同じ味がして驚いた。小さい街なので、製造元が同じなのだろうか?
個人の感想だが、パンは決してまずいわけではないが、美味しいわけでもない。香りが薄く、そしてなぜかどの店のパンも冷めている。お腹が空いていればつまむが、結構早く飽きが来る。良くも悪くもない、普通という言葉がぴったりのパンだった。なので料理のソースなどにつけて食べるのがおすすめだ。
夏限定でドゥブロヴニクにパン屋を開いたら大人気になれるのでは?冬になったら東南アジアに逃げよう!(寒さが苦手なため)などと友人と夢を膨らませていると、料理が運ばれてきた。
テーブルに置かれた料理をわくわくしながら覗き込むと、「えっ!」と思わず声が出た。
店オリジナルの黒トリュフパスタだが、見た目が……ちょっと……パッと見、アレ(虫)に見えるのだ。
思わず友人の顔を見ると、同じことを考えていたようだった。目を合わせると、私たちは耐え切れず無言で肩を震わせ笑った。
写真を載せるが、苦手な人・見たくない人は【ここ】をクリックして次の章に飛んでください。
マカロニのような形をしたショートパスタに、グレーのソースが絡んでいる。真ん中に添えられたプチトマトが、辛うじて色彩を与えてくれていた。
香りはとても良かった。
しかし……どうしても見た目に関して、「他にもっと工夫の仕様があっただろう!?ww」と内心突っ込まざるを得なかった。
ツボに入ってしまった私たちは途中何度も笑いながら、食事を済ませ店を出た。
お腹も膨れ、機嫌良く旧市街を歩いていると、ふと携帯が手元にないことに気付いた。さっと体温が下がった。
店を出てからは携帯を触っていないので、可能性としてはレストランに置き忘れたか、最悪スリか。
すでに店を離れてから15分程度経過していた。
レストランは階段の途中に位置している。つまり、それだけ人通りが多いということだ。実際、食事中は背後を人が行き交う気配を何度も感じていた。
レストランに置き忘れていたとしても、スリでも、手元に戻ってくる可能性は低かった。
とはいえ、確かめない選択肢はない。
「とりあえず確認してくる!」
連日の階段地獄で足が筋肉痛の友人を置いて、私は走って引き返した。
きっともう盗まれてるだろうな、と思いながらも階段を駆け上がる。店に到着した時には肩で息をしていた。
さっきまで座っていたテーブルを見るが、もちろんそこには何もなかった。
やっぱりもう諦めるしかないのか……と友人の元へ戻ろうとした時、隣テーブルの親子から「あー、戻ってきた!」と笑う声が聞こえた。
顔を上げると、彼らとばっちり目が合った。「戻ってきた」って、私のこと!?
急に体温がぐんと上がった。親子に近付き、興奮気味に話しかける。
「もしかして、私の携帯ありますか!?」
「マスターが持ってるよ!」
親子は笑顔で店内を指差す。その笑顔に、さっきまでの不安な気持ちが吹き飛ばされた。身体が一気に軽くなる。信じられない気持ちで、私は店に入った。
店には誰もいなかった。私の口からは、自分でもびっくりするほど元気な声が出た。
「すいませーん!私の携帯、預かってもらってますか!?」
すると店の奥からお爺さん(マスター)が出てきた。
私の顔を見るとすぐに、「少し待ってな」とまた奥に戻る。
再度現れたマスターの手には、私の携帯があった。
まさか海外で、置き忘れた携帯が戻ってくるなんて……!!!安堵と喜びで、思わず小さく飛び跳ねた。
感激し、何度も御礼を言う私にマスターは「気を付けな~」と優しく笑ってくれた。
Rozarioは料理でお腹を満たすだけでなく、マスターとお客さんの優しさで胸もいっぱいにしてくれるレストランだった。ドゥブロヴニク観光の際はぜひ訪れることをお勧めする。
寿司と救われる日本の心
Bota Šare Oyster & Sushi Bar - 寿司バー
米が……白米が食べたい!!!
悲鳴を上げる限界日本人の自我を救ってくれたのは、寿司バーだった。
ドゥブロヴニクは観光地だからかもしれないが……もしくは私が見つけられなかっただけかもしれないが、とにかくパスタかリゾットばかりある。
もちろん、パスタもリゾットも美味しい。なにより景色が最高だ。この空と海と街並みを見てたら何食べても美味しいだろう?みたいな強気の姿勢も感じるし、本当にその通りだと思う。
でもね……白米が食べたいんだ。止められないんだ、この気持ち。日本人だもの。みつを。
Bota Šare Oyster & Sushi Barは、滞在先のホストがおすすめしてくれた店でもあった。
人気店だから予約しないと入れないかもしれない、と言われていたので、夕食には少し早いくらいの時間に向かった。
しかし、人気店は時間帯に関係なく混んでいた。まだ外は明るいのに、私たちが着いた時にはすでに殆どの席が埋まっていた。
運良く最後の1席が残っており、そこに案内された。
「少し暗いけどいい?」と確認されながら通されたテーブルは、短いトンネルのような場所にぽつんとあった。
薄暗いため、テーブルにはキャンドルが用意されていた。
その席に通された時の気持ちは、めちゃくちゃ良いじゃん!だった。
確かに、席は想像以上に薄暗く、キャンドルの光にメニューを近付けないと文字が読みづらいくらいだった。
地面も石畳というより大量の小石そのものだったので、終始イスはガッタンガッタンしていた。
それを差し引いても有り余る良さだった。異国情緒を感じる。まるで映画の登場人物になったみたいだった。
さて、料理についてだ。
私たちは牡蠣、マグロのタルタル、そして巻き寿司を2種類頼んでシェアすることにした。
ここは日本ではなく、海外の寿司バーだ。過度な期待はするまい、白米が食べられるだけ有難いことだ……。と思っていたが、これがまた本当に美味しかった!
まず牡蠣!クロアチアの牡蠣はあたらない、という噂もある。
日本の牡蠣と比べて随分小ぶりだ。そのせいか味が濃厚で、それでいてさっぱりとしていた。(レモンをかけたからかもしれないが)
個人的にはクロアチアの牡蠣の方が好みだ。
そして、マグロのタルタルと巻き寿司2種類、サービスのピタパンのようなもの。
全部美味しかった……!
マグロのタルタルは、マグロのたたきのようなものだ。だが、慣れ親しんだマグロのたたきとは食べ方が違う。
これはレモンを絞ったマグロを、サービスのピタパン(ガーリック味)の中に入れ、ワサビ醤油で食べるのだ。
日本でずっと暮らしていたら思いつかないだろう味の組み合わせだ。マグロに、レモン、ガーリック、ワサビ、醤油という、全く異なる風味を持った調味料がなぜか調和していた。今まで味わったことのない美味しさに、脳から気持ち良い物質がじゃぶじゃぶ出てくるのを感じた。
巻き寿司食べた時は、涙が出るかと思った。体内に取り込んだ白米の存在を、指の先まで感じた。比喩ではない。白米を取り込むことで、身体中の細胞が生き生きとするのだ。日本人であることを実感するのは、こういう時だ。リゾットでは満たせない、白米だけが満たせる“何か”が確かに存在するのだ。
巻き寿司には色々かかっている、BBQソースっぽいものや、マヨネーズなど。しかしそんなことどうでもよかった。白米があるのだ、そこに……!これ以上に望むことがあるか?いや、ない。
それに、ソースやマヨネーズは具にマッチしているので、これはこれで美味しいのだ。
この話に良い感じのオチなどない。
とても雰囲気の良い場所で白米を食べ、限界日本人の自我が一命を取り留めた。白米は生命線である。それだけの話だ。
その他、印象的だった店
レストラン
Restaurant Panorama
ドゥブロヴニクの街の背後に、スルジ山という山がある。
Restaurant Panoramaは、そのスルジ山の山頂にある。山頂まではケーブルカーで行く。
ちなみに、ここは最初に紹介したMagnoliaと系列店?提携?みたいだ。Magnoliaに行った時、系列店ならどこでも利用可能なクーポンを貰えたので少しだけお会計がお得になった。
Restaurant Konoba Jezuite
エビのリゾット、一見少ないように見えるが思った以上に皿の底が深い。そしてエビの比率がおかしい。エビと米の面積の比率が1:1くらいある。エビ好きは絶対に行った方が良い。
なぜかポテチが添えられている肉とチーズのニョッキも美味しかった。アルコールを頼んでおくと、ポテチが良いつまみになるので最高だ。
ジェラート
Peppino’s Ice Cream Shops
味が20種類くらいある。
カップの方が食べやすいと分かっているのに、テンションが上がるからという理由でコーンを選びがちだ。
だって焼き鳥もくずして箸で食べるより、串でそのまま食べた方が美味しい気がするじゃん……。同じ理論だ。
店を出た直後、知らない人に「ここのジェラート美味しい!?たくさんジェラート屋さんがあって、迷ってるの!」と声を掛けられた。
その瞬間、なぜか広報担当の人格が下りてきたので、その場でぱくぱく食べ「美味しい~!!」とPRしておいた。知らない人はジェラート屋に入っていった。よっしゃ、経済を回したぜ。
バー
Fratellos Prosecco Bar Dubrovnik
滞在先から徒歩1分の場所にある、カジュアルなバー。
滞在先については下記参照。
野外にプロジェクターがあり、映画が流れている。
時間になると、カーニバルのような衣装を着たダンサーたちが出てきて踊りまくるので楽しかった。
なにより、飲酒後1分で滞在先に戻れるのが良かった。(しかし部屋は最上階かつ螺旋階段なので酔いがかなり回る)
おまけ
船場のベンチに座りながら、ジェラートを食べた日もあった。
飽きもせず空を見上げていると、青い空の中を、一羽の鳥が飛んでいた。
そんな光景を見たら……もちろん歌うしかない。あれを……!
白い光のなーかーにー 山並みは萌えてー
遥かな空の果てまでもー 君は飛びー立つー
限りなく青いー 空にこーころふるーわせー
自由を駆けるとーりよ 振りかーえることもせずー(←ここが歌いたかった)
10年来の付き合いである友人は突然の独唱に驚きもせず、受け入れるどころかアルトのパートまで歌ってくれた。
私たちはクロアチアの空を見上げたまま、旅立ちの日にをハモリ合い、最後まで歌った。
歌い終わり、やり切った気持ちで友人の方を向いた。
すると友人越しに、隣のベンチに座った老夫婦が満面の笑みでこちらを見ていることに気が付いた。
クロアチアで最も恥ずかしかった思い出である。