〘自作脚本〙創作殉死の否定

インターフォンが鳴る
春がやって来てドアを開ける。
静がやって来る。

静「いやー、寒いねえ。お邪魔します。」
春「……なあ、これはお前を匿ったということになるか?」
静「どうだろう。」
春「お前の編集がかわいそうだわ。」
静「なら通報したら?今なら間に合うかもよ。いや、すでに家に招き入れたから共犯かな?」
春「……はあー、何でそう〆切踏み倒すかね
。」
静「だって書けないんだもん。」
春「うぜえ。コーヒーと紅茶とココアがあるけど、どれ?」
静「ホットミルクが良いなあ。」
春「分かった、コーヒーな。」
静「何も分かってないよ、兄さん。」
春「うるせえ、書けない小説家に選択肢はない。」
静「じゃあ何で聞いたんだよ。」
春「社交辞令だろうが。」
静「ひどいよお。書けなくて困ってるんだよ?俺は。」
春「じゃあさっさと机に向かえ。」
静「もう無理。机に向かって何が書けるって?」
春「ゴミカス文章。」
静「そのとおり。分かってるじゃない。俺はゴミカスを書くくらいなら書かないほうがましだと思うんだけど、どう?」
春「ゴミカスの中に、一欠片の宝石が混じっているかもしれない。」
静「はあー、詩人に共感を求めるのは無理か。」
春「おめーも詩人だろうが、馬鹿。」
静「ねえコーヒーまだ?」
春「もうちょい待て。」
静「ゴミカスねえ……。確かに俺らが作ってるのは、人によっては塵芥に等しいよねえ。」
春「だろうな。小説読まない奴にとっては何の役にも立ちゃしねえよ。」
静「それに後世に残るものはほとんどないと来た。」
春「そりゃそうだ。後世どころか、今でも怪しい。」
静「じゃあ何で作るの?」
春「……。」
静「……。」
春「ほらよ。」
静「ありがとう。ちゃんとミルクと砂糖たっぷり入れてくれた?」
春「入れたから時間かかったんだろうが。」
静「ありがとう。」
春「……。」
静「……。」
春「お前でもそんな悩みを抱くんだな。」
静「人並みの悩みは抱くさ。」
春「でもお前、創作しなくなったら死ぬぜ?」
静「それが作る理由?」
春「死にたくないから作る。十分な理由だろ。」
静「……。」
春「タバコ吸っていいか?」
静「もう咥えてんじゃん。」
春「火はつけてない。」
静「良いよ、つけなよ。」
春「どうも。」
静「……創作に命を賭けるってこと?俺たちは創作のために殉死するの?」
春「馬鹿じゃねえの。そんなことも分かんなくなったのか。」
静「……。」
春「……殉死なんてまっぴらだね。俺が賭けるのは俺の作品だけ。命は賭けない。」
静「でも創作しなくなったら死ぬんでしょ?」春「そうだよ。」
静「創作に殉じて死ぬのとは違うの?」
春「殉じるっつーことは、創作を崇拝し、信仰して、それに全てを捧げるってことだろうが。俺は、創作に全てを捧げない。創作はあくまで俺の一部だからな。ただ、逆に言えば、創作しないっつーのは、俺の一部が死ぬってこった。体の一部がぶっ壊れりゃ、生きるのもきつくなる。それだけの話だろうが。」
静「……やっぱり凄いねえ、兄さんは。」
春「あ?」
静「俺の方が売れてるはずなのに、いつまでも勝てないよ。」
春「そーかよ。」
静「……今、俺の一部は不調なんだ。ゴミカス文章しか作れなくなった。なんなら、創作するってだけで、うんざりする。なーんにも作りたくないよ。」
春「言ってろ。気づいた時には治ってっから。」
静「そうだね。このコーヒーを飲み終えたら、治ってるかもね。」


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