日銀の国債買入れ減額の評価

 2024年7月31日、日本銀行は金融政策決定会合において長期国債の買入れの減額計画を決定し、公表した。
 決定の内容は、毎月の買入れ額を四半期毎に4,000億円ずつ減額するというものであるが、その減額の規模感と国債市場への影響をどのように考えるべきか、整理したい。

1.決定の具体的内容


 減額を始める前の買入れ額は、5.7兆円/月であったが、2024年8月分から減額を開始し、8月・9月は5.3兆円/月、10月~12月は4.9兆円/月、2025年1月~3月は4.5兆円/月と順次減額し、2026年1月~3月には2.9兆円/月というのが、今般示された減額計画である(日銀公表資料で金額に付された(○○兆円)「程度」は省略)。

2.減額の規模感


 この減額計画によれば、5.7兆円/月での購入を継続していた場合と比較し、2024年度中の買入れ額は累積で6.8兆円減少、2025年度は26.4兆円減少することとなる。
 国債の発行額が年間180兆円を超えている(市中で発行される国債で短期債を除いたベース=日銀の買入れ対象で見れば、年間138兆円)ことを考えると、あまり大きな額に思われないかもしれない。
 しかし、国債は、発行される一方で満期が到来し償還を迎えるものもあり、そのような満期到来分については、国債を保有していた投資家からの再投資をある程度期待し得る。筆者試算では、2024年度において、そのような満期到来額は短期債を除いたベースで116兆円である。
 138兆円から再投資を期待し得る額の116兆円を控除した、残りの22兆円(一月当たりでは約1.8兆円)が、消化のためにニューマネーが必要な額(新規の投資或いは追加投資を呼び込む必要がある金額)ということになる。
 日銀は、5.7兆円/月の買入れを継続した場合、(2024年度中において)日銀が保有する国債の残高はほぼ変化しないと説明していたことから、買入れ額と償還額がほぼ同額と見込まれているということになり、上記のニューマネーによる消化は、その全額が民間サイドに期待されている。
 日銀が買入れを減額すれば、減額した分だけ追加的に民間サイドで国債を消化・吸収する必要があることから、日銀買入れ減額の実質的な影響は国債の増発と同じであり、ニューマネー所要額は2024年度において減額前の22兆円から(年度内の減額分合計6.8兆円を加えた)28.8兆円に増加する。
 また、減額計画に沿った減額が行われていくと、一月当たりで見れば、1.8兆円のニューマネー所要額は、2025年7月~9月期には3.8兆円とこれまでの倍以上になる。
 日銀が、今般の決定で、2025年6月に買入れ減額の中間評価を行うとしているが、民間サイドへの新規供給圧力が倍増する前のタイミングで点検を行うというのは、妥当と言えよう。
 なお、2025年度を見通すと、日銀の買入れ減額規模が年間で26.4兆円と相当規模に上るだけでなく、日銀が保有する国債の満期到来額も2024年度対比で7~8兆円増加する見込み(注)であり、その分も民間サイドでの追加消化必要額となるため、影響は更に大きいと予想される。
(注)日銀が公表している保有国債の銘柄別残高に基づき筆者が試算した額。なお、2024年度・2025年度の買入れ減額の累積額に2025年度の満期償還増加分を加えると、40兆円を超える規模になるが、この数字は、日銀の公表資料にある、国債保有額が7〜8%減少するという数字と概ね符合する。

(参考)8月13日付のNikkei Financialの記事「国債100兆円、誰に売る」には、2024年度の新規財源債35兆円の全額について、供給の増加分で安定消化のプレッシャーが借換債より強いとの記述があるが、この記述はやや不正確であり、また、よくある誤解でもある。主要諸外国の場合、新規国債発行額=財政収支の赤字額=国債残高の増加額であるが、日本の場合、少し事情が異なる。一般会計予算の歳出の国債費には、利払費に加え国債の元本償還額(の一部)が含まれている(国債を60年かけて償還する、いわゆる60年償還ルールに基づく、国債残高の1/60に相当する額。2024年度予算では16兆円)。その財源として発行される赤字国債は、実質的には借換債であり、35兆円丸々を新規供給圧力と考えるのは不正確である。

3.国債市場への影響


 上記のとおり、ニューマネー所要額という観点から見ると、日銀の国債買入れの減額規模は相当なものであり、需給悪化を通じた金利上昇圧力がそれなりに生じると考えるのが妥当であろう。
 年度別で考えると、2024年度中の影響はそれほどでもない可能性が高い。減額規模が累計で6.8兆円に留まることに加え、国債発行上も余裕があるからである。奇しくも日銀の金融政策決定会合と同日(7/31)に財務省から公表された2023年度決算概要によれば、2023年度の国債発行は、予算対比で9.5兆円減額された。しかし、これは2023年度の歳入としてカウントされる国債発行が減ったというだけで、毎月の入札による国債発行額は減少していない。2023年度分の国債発行が減った分だけ、2024年度の国債発行が前倒しで進んでいるのである(注)。2024年度においては、国債発行に9.5兆円の余裕が生じていることも考えれば、日銀による影響額6.8兆円は、あまり心配する必要はなさそうである。
(注)毎年度、4月~翌年3月の年度中に発行される国債の額と、予算・決算上当該年度の歳入として計上される額には、ずれが生じる。これは、いわゆる赤字国債について、税収等の状況をギリギリまで見極めて発行額を最終調整できるよう、出納整理期間(翌年の4月~6月)発行が認められているとともに、借換債については、翌年度始めの大量償還にも対応できるよう前年度における前倒し発行が認められていることによる。このような、前後の年度との間で発行タイミングが出入りすることによるズレは、国債発行計画では「年度間調整分」として示されている。

 むしろ懸念されるのは、2025年度の状況である。日銀の買入れ減額規模と日銀が受ける償還額の対前年増加額を合計すれば30兆円台半ば近くになる。この規模での実質的な国債増発が、金利水準に影響しないとは思えない。
 日本銀行は、国債買入れの長期金利押し下げ効果について、ストック効果を中心に△1%程度と説明する(2024年4月展望レポートBOX6)とともに、買入れ減額の発表時には、保有国債の減少は7~8%と説明し、金利押し下げ効果の弱まり(=金利上昇圧力)は0.1%にも満たないかのような印象を与えている。
 しかし、財務省在職中に長年国債発行に関わってきた筆者の経験からは、30兆円超の規模で国債の供給が増加した場合に、金利上昇圧力が0.1%で済むとは思えない。言い換えれば、日銀による国債買入れの金利への影響は、ストック(買入れ残高)よりもフロー(需給バランスの変化)の方が大きかったのではないか、という印象である。債券市場関係者の中には、このような感覚に同意していただける方も多いのではないだろうか。
 もちろん、2025年度の予算編成はこれからなので、そもそも国債発行額が全体でどうなるかもわからないし、年限別の発行額がどのように配分されるかによっても、長期(10年)ゾーンへの圧力は変わってくる。また、足下の2024年度に生じている国債発行上の余裕をうまく2025年度まで持ち越せれば、それも需給悪化を緩和する要因となる。
 ただ、日銀による国債買入れの減額は、時点が進めば進むほど民間への国債供給圧力の増加を通じて市場への影響が大きくなり、国債発行当局も難しい舵取りを強いられるであろうことは確かである。日銀が金融政策の正常化を進めていくなら、将来的には、日銀が保有していた国債について数百兆円規模で民間サイドの買い手を見つける必要があるのであり、民間貯蓄を国債に流すパイプでそのような太い規模になり得るものを早急に整えていく必要がある。



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