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父親とワイン講座へ

「ワイン講座やるらしいけど、行ってみるか」

今年の3月だったか、まだ寒かった頃、田舎に住む父親から連絡があった。どうやら今年、地元の公民館がユニークな市民講座を開いているらしい。おいしいコーヒーの淹れ方講座に、何かの手作り木工体験、そしてスーパーでのワイン選び方講座。

普段、父が私に連絡してくるなんて、とても珍しいことだ。しかし母によると、少し前に仕事を辞めてから、今は家庭菜園をはじめ、地元の小学生の通学付き添いのボランティアにギター倶楽部への参加など、いろんなことに挑戦しているようだ。

「行ってみよう」

父からの誘いは純粋にうれしかった。父親と2人でどこかに出かけるなんて、何年ぶりだろう。

というのも、もう15年くらい前に遡るのだが、父から一度、横浜に行こうと誘われた。私はのこのこついていったのだが、駅の改札に知らない若い男性(父の部下で見合をさせようとしていたようだ)に会わされ、2人っきりにされて激怒して以来、父から誘いを受けたのはこれが初めてだったから……。

(それ以来、このエピソードは我が家の開かずの扉の奥底に封印され、)実家にて家族と食事をするときは、よくワインを買って一緒に開けている。でも、それを飲むのはだいたい私と父だ。母は体質的にタンニンに弱いようで、好んで飲むことはあまりないが、父は酒が好きだ。私が幼いころから日常的にビールにウイスキー、日本酒を大いに好んで飲んでいる。ワインもあれば飲むが、自分で選ぶことはまずない。ワインの知識はほとんどないはずだが、やはり経験値がものをいうのか、なかなかうまい評価をする。

さて、講座当日はワイン講座の会場となる公園に直接集合した。私は諸事情でジョギングスタイルで、父は父できゅうりやなすの収穫と冬の野菜の作付繁忙期につき、作業着といういでたちだった。多分親子二人とも、汗臭い……。

受付にはこの市民講座を担当している若いお兄さんに、ぴしっとしたスーツのいで立ちのワイン講師が私たち田舎者を笑顔で迎えてくれた。受付の先には、テーブルにワイングラスが置いてある。ああここは市民の憩いの公園だけど、私たち、ワイン講座に来たのだ。なんか、場違いにもほどがある……と、ここにきて急にバツが悪く感じたが、そんな思いもつかの間、ひとりのおじさんが父親の元に近づいてきた。

「おう」

どうやらそのおじさんは父の幼なじみで、久しぶりの再会のようだった。おじさんはこのような市民講座系のイベントの常連らしく、毎回誰かしらに会えるのが楽しみらしい。結局そのおじさんと一緒に3人掛けのテーブルに着席した。

この講座では川沿いにテーブルと椅子がセッティングされ、なかなか乙だった。講座が始まる直前にラングドック地方の赤、白2種類の小瓶とテイスティンググラス、スーパーで買えるおつまみのサンプルが提供された。講座はそれらを自由に飲み食いしながら講師の話を聞く、というカジュアルなスタイルだった。

私はノンアル

もともと講座自体は2時間の設定だったが、スーパーで選ぶワインのポイント講義自体は淡々と進み、1時間程度で終了してしまった。講師はそのことを予め想定していたようで、終了時刻が来るまでは質疑応答というスタイルとなった。

参加者は10人前後だったが、まず父の幼なじみのおじさん、若い女性(どうやら地元の自治体職員で、はじめは仕方なくサクラでしぶしぶ来ていたようだが、途中でワインに前のめりな姿勢になってきた)、そして私の3人で質問が繰り広げられる展開となった。

おそらく、自治体のこのような講座は、限られた予算の中で公民館のお兄さんが頭を使って企画したものであって、講師の報酬だって、そう高くはあるまい。そうとなると、このような企画を引き受ける講師だって、失礼ながら、それほどワインを知り尽くしているベテラン講師、というような人ではなく、せいぜい地元の酒屋のおじさんあたりが引き受けて来るものだと思っていた。

しかし、そこにはうれしい誤算があった。
講師の方は、普段は酒販店で営業をするシニアソムリエの資格を持つ方で、よくよく話を聞いてみると、ブルゴーニュ地方のワイナリーやシャンパーニュ地方でのレストランでのソムリエ経験もある方だった。今は営業マンとして各地を回り、海外のワイナリーに赴いてワインの買い付けもしているようだ、しかも他社の分も一緒にコンテナ単位の取引をしているとのこと。ワイン界隈の一般常識といわれることや最新情報など、業界の興味深い話をいろいろと共有してくれて、とてもためになった。私は彼の話を聞き、とても久しぶりに心ときめいた。ワインの話を聞いているとき、ものすごい量のアドレナリンが放出されていると改めて感じたのであった。

父親といえば、質問攻めをするおじさんと私に挟まれ、うんうんと深く相槌をついていたものから、さぞかしこの講座の受講を楽しんでいると思い込んでいた。

しかし後日、この講座についての感想を聞いてみたら(私はまたも諸事情で少し早めに退席した)、ひとこと。

「みんな何言っているかさっぱり分からなかった」(!)

父親はどうやらワインのうんちくを聞くよりも、ワインを飲む方が好きらしい。

ちなみに前日、念のために公民館にリマインドの電話をしたら、父がしたはずの私たち2人の申し込みはされておらず、急遽受け入れてもらった。頼もしかった父の老いのようなものを感じた。

でも、ワイン講座に来ていた幼なじみのアクティブおじさんとのつながりが生まれたようで、これからのシニアライフが少しでも充実したものになれば、この日はよき日だったということにしよう。





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