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往時の清算

 結婚が決まって、無性に思い出すのはあの人のことで。

 女は別れた男を思い出すことはない、と言われる。ほんとうだろうか。いまの関係に耐えかねて、新しい男を見つける。新しい男が見つかれば、昔の男は上書きされるものだと、女友だちも言っていたけれど。

 でもあの人のことを、ことあるごとにわたしは思い出した。わたしからあの人のもとを去った。いまの関係に耐えかねて、というのはほんとうだ。でもそれは、あの人をきらいになったわけではなかった。月並みな言い方だが、わたしは怖かったのだ。この人はわたしを愛しているのだろうか。いや、わたしはこの人を不幸にしているのではないか。そんな不安が、たとえばあの古い家の屋根が折りにふれ軋んで横臥のわたしたちにいつなんどき覆いかぶさらないともかぎらないそれと同じよう日増しになり、ついに耐えかねて飛び出した。飛び出して、眠れぬ夜々に、わたしは時折あの人に呼びかけた。いま、どうしていますか。

 逃げおおせた果てに、わたしはいま、ささやかに家庭を持とうとしている。そしてあの人の面影が、日に日に濃くなって、わたしを責めさいなむようになった。せめていっしょにほんのいっときを過ごしたあの古い家を訪れたなら。そう思うようになった。それでなにかが決着するとでもいうように。

 古い家から一丁へだてて住む大家の老人は、妻に先立たれて四年、と言った。不如意のわたしたちをなにかと気づかって、残り物と称して年季の入ったアルマイトの鍋いっぱいに差し入れをしてくれた老婦人の、口数の少ない柔和な人柄が偲ばれた。よくしてくれた人たちに別れも告げずに飛び出してしまった。その不義理の弁解もしないまま、古い家の案内を頼んだ自分の厚かましさをいまさら恥じた。あの人は別れのあいさつをしただろうか。女であれ男であれ、こうして昔馴染んだ土地なり人なりを訪ねるとなれば、おのずとワケありなわけで。それでも野暮を承知で一言二言と問わずにいられないのが人情というものだろうが、老人はわたしになにも聞かなかった。あるいは老人はこちらを覚えていないのかもしれない。この家にひとりで住まっていた男がいませんでしたか、と問うと、はて、と首を傾げて、やがて空をあおいでそのまま惚けるようだった。

 水の匂いがふいに立った。
 それでわたしは思い出した。隣接する寺の池が家の裏手に迫って、大雨のあとには濡れ縁から投げ出した素足が汀に触れんばかりになる。ちょうど濡れ縁の前の四目垣が朽ちてほどけて、そこから池の大半と御堂の背が見渡せた。あの人は日がな一日濡れ縁に座って、濡れ縁から池を眺めていることが少なくなかった。爺むさい、と人は言うかもしれないが、わたしにはその丸い背中が淡く光って見えた。御堂には閻魔大王が祀られていた。我らの棲家は地獄のとなり。面倒が起こるたび、あの人は歌うように言って笑った。

 古い家の窓という窓は雨戸が閉てられて、なかを覗くことは叶わなかった。上がりますか、と老人は鍵束をじゃらじゃら鳴らしたが、遠慮した。池を見ておきたくて、その区画の裏に回ろうと歩を進め、しばらくして気配のおぼつかなさに振り向いて、果たして老人の姿はどこにも見えなかった。老人ばかりでない、周辺から人の気配の絶えて久しいのに、遅ればせながら気がついた。古い家にかぎらず、目につく家という家の雨戸がまだ日は高いというのにことごとく閉ざされている。そういえばいまは夏だったろうか。それとも冬。季節の感覚すらおぼつかなくなって、ふと自分は夢を見ている、という核心に触れた。そういえば風がそよとも吹かない。視界に樹がない。虫の声、鳥のさえずりさえ聞かれない。雲の高さは……と、現実感を失わしめる原因をひとつひとつ数えるうちに、ふいに歓声が前方に立って、目の前の往来を子どもの群れが横切っていった。男児はもっぱら坊主頭、女児はもっぱらおかっぱ頭で、紺や緋色の洗いざらしの着物に兵児帯というのか、なかにはほどけたのを長くうしろに引きながら、まもなく紙芝居でも始まるのか、それともちんどん屋でも追うものか、我先にと駆けていく。もちろん子どもの時分の記憶の蘇りなどではない。子どもたちの群れを追って、わたしもまた駆け出していた。

 子どもたちのゆく手にあるのはれいの池を擁する寺院で、一行は山門をくぐると、手水舎の向こうを回るようにして参道の石畳を右に外れ、その先になにがあるといって、閻魔堂。

 わたしはひとり閻魔堂に対峙していた。その向こうに池が広がって、汀に籬も生垣もなく、茫漠たる葦原に、わたしたちの古い家ばかりがうずくまってちろちろと水を舐める獣のようにしてそこにあった。濡れ縁にあなたが、と目を凝らそうとして、ふいに耳間近に閻魔の声。わたしは進み出て、やおら仰ぎ見ると、御堂の暗がりに赤い忿怒の顔の見据えるのにゆき合って、瞬時、挑むような心が兆した。右手が下腹をかばう。にらみつけ、その視線を押し返そうとして逆にじりじりと押し伏せられて、ついに凝視に耐えずうなだれると、うなだれる先から肩はわなないて、知らず涙があふれた。しゃくりあげ、涙におぼれて、目の先の池はあたかもわたしの積年の涙を溜めたかのよう。

 涙の池。

 天を衝くように反り返った舳が水の皮膜をすーっと切り裂いて、長くうしろに澪を引きながら一艘の猪牙舟がこちらの岸に着こうとしている。老人は慣れた手つきで艪を操った。片手に例の輪っかにつながれた鍵束をじゃらじゃら鳴らし、あれへ、と対岸の古い家のほうへいざなうようにするから、わたしはかぶりを振った。

「お腹に子」
 わたしはうなずいた。三月になる、そう答えていた。
「あの人の種が何年とわたしのなかで眠っていて。ふとそれが目醒めて、子を結ぶ。そういうこともあるのではないか。あの人の子のような気がしてならなくて」
 閻魔堂に背を向けると、わたしは来た道を引き返した。

  露地路地の
  往時を訪ねて
  柿ひとつ

 いや、あなたとのことは、春として歌いたいのです。

  ゆきぐれて
  見あげる天に
  花一輪

 ゆきぐれて、は雪暗て、と行き暮れて、の掛け言葉。雪模様の曇天と、生活の行き詰まりとをかけています。そんな、底をついた感じがわたしたちには似つかわしい。この先は、明るくなるばかりですよ。

  濡れ縁の
  丸い背中の
  御宣託

 そんな応酬をして、わたしたちは屈託なく笑ったものだった。

 そしてまざまざと知る。あいかわらずわたしは、あの人の夢に囚われているのだと。


(了)

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