【破滅小説】職員室のカオス
職員室の騒音王、孤独への転落
新天地にやってきた若手職員・田中くん。彼はそのピカピカの笑顔と無駄に明るすぎる声で、初日から職員室の注目を一心に浴びた。まるで「俺がこの職場を明るくするぜ!」と言わんばかりの勢いだった。だが、その「明るさ」が、後に彼自身を奈落の底へと突き落とす引き金になるとは、誰もまだ気づいていなかった──彼自身すらも。
朝食を楽しむ男、その名は田中
職員室の朝は戦場だ。授業準備に追われる先生たちが、コピー機の奪い合いを繰り広げ、プリンターのエラー音に絶望し、誰かが「インク切れてるんですけど!」と叫ぶ。そんな中、田中くんは悠然とデスクに座り、パンを片手にコーヒーをのんびりとすする。
「いや~、朝食は一日の活力ですよね~!」
彼の爽やかな声が響き渡る。
周囲の先生たちは、書類を抱えながら目を細めて彼を見た。「いい余裕だな」と誰かが呟くが、田中くんには全く届かない。なぜなら、彼はパンの次にバナナを剥き始めていたからだ。
職員室のラジオパーソナリティ
田中くんは話すのが好きだ。いや、正確には「話すことしかしていない」と言ってもいい。
「昨日のテレビ見ました? あの芸人、マジで面白くないですか?」
「そういえば、隣のクラスの生徒がまたやらかしてましたよね~!」
職員室中に響き渡る彼の声は、もはや職員室のBGMのような存在だった。いや、BGMというより、無許可で爆音になったラジオパーソナリティだ。
一度話し始めると、止まらない。教師たちは「ちょっと静かにしてくれ」と注意したい気持ちをぐっと飲み込む。だが、田中くんのテンションは最高潮だ。彼の声量に負けて、コピー機すら「ガシャコン!ガシャコン!」と音を立てるのをやめたと言われている。
嫌な仕事?それ、僕以外で!
田中くんは職員室の「協力」を大事にする男だ。常に口癖は「みんなで協力しましょう!」。しかし、彼の「協力」とは、どうやら「自分以外が頑張る」という意味だったようだ。
「これ、田中くん頼める?」と先輩に尋ねられると、彼は決まってこう言った。
「えっ、僕より先輩の方が絶対上手いですよ!お願いします!」
その手口は巧妙だった。「褒めて逃げる」という新技を編み出し、嫌な仕事を華麗にスルーしていく。最初は「まあ若手だし」と優しく見守っていた同僚たちも、次第に気づき始める。
「あれ?こいつ、全部私たちに押し付けてない?」
田中くんの「協力精神」は、いつしか同僚たちの間で「田中流仕事回避術」として語り継がれることになる。
孤独の始まり
そんな田中くんの職員室ライフに陰りが見え始めたのは、ある日、同僚が彼の朝の「パンタイム」を完全にスルーしたときだった。
「おはようございます!」と田中くんが元気よく挨拶しても、誰も返事をしない。話しかけても、「あ、すみません、忙しいんで」と素っ気ない返答が返ってくるだけ。「え?みんな、ちょっと冷たくない?」と田中くんは首を傾げたが、その原因が自分にあるとは夢にも思わなかった。
職場の幽霊と化す田中
ある日、田中くんがいつものように話しかけると、周囲の同僚たちは一斉にパソコンに目を落とし、一人は「トイレ行ってきます!」と席を立った。
「あれ?みんな忙しいのかな?」
その日を境に、田中くんの声は職員室から消えた。いや、正確には、誰も彼の声を聞こうとしなくなったのだ。かつては職員室中に響き渡っていた彼のトークも、今では自分の机に向かって呟くだけ。
「昨日のテレビ、面白かったんだけどな……」
しかし、その声を聞く者は誰もいない。
職員室の「静寂王」
田中くんが静かになったことで、職員室は平和を取り戻した。コピー機もプリンターも機嫌を直し、誰もが自分の仕事に集中できるようになった。
田中くんは一人、机に座りながら考えた。
「僕、なんでこんなに話しかけられなくなったんだろう?」
しかし、答えが出ることはなかった。なぜなら、彼はその原因を作ったのが自分自身だということに、最後の最後まで気づかなかったからだ。
エンディング:静かなる田中
今では、田中くんの机の周りだけ妙に空気が澄んでいる。誰も近寄らず、誰も声をかけない。かつて賑やかだった彼の周囲は、今では職員室の「静寂ゾーン」として親しまれている。
それでも田中くんは、今日もパンをかじりながらつぶやく。
「いや~、朝食は一日の活力ですよね!」
もちろん、その声に返事をする者は、誰一人いない。