週休二日制って何ですか?土曜は朝から学校だけど半ドン(午前中だけで終了)
近年の働き方改革の中で週休3日制が議論されていますし、既に導入される企業もあると聞きます。4日働いて3日休めるって夢みたいではないですか!だって、私が生まれた時の標準的な労働者は週5.5日働いて1.5日休みをもらってました。ほんの30年程度前の話ですよ!
土曜は半ドン
土曜は学校に行き、午前中で終了となって帰っていました。学校だけでなく当時の普通の会社、役所、銀行も土曜の午前中は開いていました。これを当時は「半ドン」と言いました。当時は共働きは少なく、お父さんも子供たちも土曜日はお腹を空かせて会社や学校から帰ってきてました。
「半ドン」の語源は定かではないですが、大砲を時報にしてたからとか、半分どんたく(博多のお祭り)からとか言われています。とにかく、学校でも家でも「半ドン」と言っておりました。
筆者の学生時代がまさに週休2日制が導入されていく過程にあり、都立高校に通う普通の学生は週休2日なのに、私立高校に通う自分は週休1.5日だったので悔しい思いをしました。え、私立高校の方が受験に有利でズルいですって?学校の授業が受験の役に立つ訳ないじゃないですか!休みが多い方が受験にも絶対有利ですよ!!
労働時間の観点から
土曜半ドンの場合、標準的な労働者の労働時間は週44時間、月に換算すると176時間になります。現在は週休2日が原則なので週40時間、月160時間になります。現在は月の残業時間の原則が45時間となっており、つまり残業を加えた月205時間労働が原則の上限です。しかし、土曜半ドンの場合は毎日定時で全く残業しない人でも月176時間は働いてました。今こうして客観的に数字を並べると当時の人はけっこう大変だったと思います。
が、日本は江戸時代までは国民の殆どが農民で盆暮れ祭りしか休日は無かった国です。昭和時代は急速に国が発展したものの、まだまだ国民の殆どは「農民か農民の子供」でした。生きること=働くことの原則が身体に染みついていました。また、一方で国民の殆どは戦時中に「(自分か家族が)軍隊に所属したか、所属した者の子供」でもありました。理不尽への耐性は現代人と比較になりません。
この労働条件を恵まれているとは感じても何の疑問も持たずに働き、楽しく暮らしておりました。
週休2日労働の導入
80年代から90年代に政策として週休2日制が推し進められました。理由は色々あると思いますが、一番大きかったのは日米貿易摩擦だと言われています。当時は諸外国が標準週40時間労働に対し日本は週44時間労働が標準で米国を始めとした諸外国に対しての貿易黒字が積みあがっておりました。貿易黒字が本当に労働時間と因果関係があったかは分かりませんが、その状況ならば外国がキレるのも分かると思います。政治家も税収も貿易黒字もたくさんあるなら44時間労働を40時間にしてもデメリットよりもメリットが多いと考えたのだと思います。当時はソ連を始めとした旧共産主義圏が(少なくとも見かけ上は)健在でしたので米国を怒らせるデメリットは大きかったと判断したのだと思います。
強制力を持った法律で週休2日を強要したわけではないですが、会社も政府の方針に従います。当時はバブル景気まっさかりで労働市場が売り手市場だったこと、労働組合も今よりもとても影響力を持っていたことなども原因だと思います。影響力のある労働組合の要求を聞いて週休2日制を導入すれば、当時奪い合いだった新卒の学生にも魅力的な労働条件としてPRできると経営者も判断したようです。また、役所や銀行や郵便局が週休2日になっていく中で土曜日に出勤をしても業務が非効率になるや不公平感が出るという問題もあったようです。
学校も週休2日制に!
国が週休2日制を推し進める中、ほとんどが国の管轄にある学校も週休2日制が導入されていきました。先生たちも立派な労働者(日本では法律上公務員は労働者とされていませんが、普通に考えて労働者ですよね)ですので、週休2日制を主張してました。また、お父さんが休みでも子供が学校だと遊びに行けないですよね。
この後出てくる「ゆとり教育」と週休2日制の因果関係ですが、時期などから、「週休2日制」の決定が先にあり教育のボリュームを減らさなければならない必要に駆られた結果として「ゆとり教育」を導入したと言われています。(「ゆとり教育」のために「週休2日制」を導入したは間違い)
花金の本当の意味
週休2日になると金曜の夜は次の日を気にしないで遊べる特別な日になります。このため、金曜の就業後は花金と呼ばれるようになります。金曜が花金なのは現代でもそうなのですが、バブル期の花金が今よりずっと感謝されている日だったのは週休2日になって間もなくだったからです。花金という言葉には「明日から休日」という喜びだけでなく、「週休1.5日から週休2日になった」という喜びも込められていたのです。
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