頸部痛の理学療法〜苦手意識を克服したいセラピストへ〜
はじめに
このnoteは、誰にでもお役に立てるわけではありません。
ですが、以下に一つでも当てはまる理学療法士の方は、読んでみてください。
頸部リハビリに苦手意識のあるセラピストが機能解剖学的基礎からリスク管理、理学療法までを学べるようにまとめています。
徒手スキルに自信が無くても対応できるような内容としています。
臨床力を高めるいちきっかけとなれば幸いです。
by Rui
自己紹介
はじめまして、forPTのRui(ルイ)です。理学療法士免許を取得し、現在は整形外科クリニックに勤務しています。
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臨床に役立つ知識や技術を発信し続け、現在では理学療法士だけでなく、セラピスト全般、理学療法学生、柔道整復師、スポーツトレーナーなど幅広い職種の方にもシェアいただいています。
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それでは以下より、『頸部痛の理学療法〜苦手意識を克服したいセラピストへ〜』になります。
頸部の解剖学
頸部の区分と筋肉
頸部は、前頸部、胸鎖乳突筋部、外側頸三角部(後頸三角)、後頸部に分けられます¹⁾²⁾(図1、2)。
図1 頸部の区分と筋肉
1)より画像引用
前頸部は、両側の胸鎖乳突筋前縁と下顎骨の下縁で囲まれた領域です(図2)。さらに細かく、A .顎下三角、B .オトガイ下三角、C .頸動脈三角、D.筋三角の4つに区分されます(図1)。
胸鎖乳突筋部は、胸鎖乳突筋が存在する領域です(図2)。
外側頸三角部(後頸三角)は、僧帽筋の前縁と胸鎖乳突筋の後縁および鎖骨で囲まれた領域です(図2)。さらに細かく、E.後頭三角、F.鎖骨三角の2つに区分されます(図1)。
後頸部は、上項線より下で第7頸椎より上で僧帽筋が占める領域を示します。
図2 頸部の区分
後頸部の解剖
頸部伸展筋群は4層となっています³⁾⁴⁾(図3、4、5)。
図3 後頸部(表層)の筋肉
5、6)より画像引用一部改変
図4 後頸部(深層)の筋肉
7、8)より画像引用
図5 頸部伸展筋群の4層(MRI)
9)より画像引用一部改変
第1層には、僧帽筋と肩甲挙筋が存在します(図5)。
第2層には、頭板状筋が存在します(図5)。
第3層には、頭半棘筋が存在します(図5)。
第4層には、頸半棘筋および回旋筋、多裂筋が存在します。
頸半棘筋は、大後頭直筋、小後頭直筋、上頭斜筋、下頭斜筋とともに頸部深層筋群³⁾として考えられています。
頸部のリスク管理
急性頚部痛のred flags
red flags(レッドフラッグス)とは、危険信号であり重篤な疾患の示唆する症状や所見をred flag signと呼びます。
以下は、スクリーニングとして用いられる急性頚部痛のred flags¹⁰⁾です。
上記に当てはまる急性頸部痛ではリハビリが禁忌となる場合もあるので、しっかりと押さえておきましょう。
触診時に注意したい頸部の領域
頸部には、脳への血流供給がある内頸動脈、椎骨動脈が通過したり、頸神経叢および腕神経叢が存在するため、触診時にはこれらを圧迫して侵害刺激を与えないように注意する必要があります。
頸部の触診時では、前頸部の頸動脈三角と外側頸三角部(後頸三角)は特に要注意です。
頸動脈三角には、頸動脈分岐部が存在します(図6)。頸動脈に対する圧迫は、頸動脈洞反射(徐脈、血圧低下)を引き起こす恐れがあります²⁾。
図6 頸動脈三角
1)より画像引用一部改変
外側頸三角部(後頸三角)には、頚神経叢および腕神経叢が存在します(図7)。
図7 外側頸三角部(後頸三角)
11)より画像引用一部改変
後頸部には、頭痛と関連性のある大後頭神経が通過するため、圧迫による頭痛の誘発や増悪は防ぐようにしましょう。
以上を踏まえて、胸鎖乳突筋部を目安として、その前方および後方の領域にはむやみな圧迫刺激を加えないようにしましょう。
頸椎の運動学
頸椎の可動域
頸椎は7つ存在し(図8)、C0〜C2を上位頸椎、C3〜C7を下位頸椎と呼びます。
図8 頸椎のイラスト
頸部の運動には、屈曲・伸展、側屈、回旋があり、上位胸椎(T1〜T4)とも協調して動きます。
頸椎の可動域は、各椎間関節間で異なります(図9)。
図9 脊柱の各椎間関節間の可動域
(CERVICAL:頸椎、THORACIC:胸椎、LUMBAR:腰椎、Combined flexion/extention:複合屈曲/伸展、One side lateral bending:片側側屈、One side axial rotation:片側軸回旋)
12)より画像引用
頸椎の屈曲・伸展は、C0〜C2およびC4〜C6で比較的可動域が大きいです。特に矢状面の運動はC4〜C5、C5〜C6で大きな角度変化が生じることが多く、頸椎障害の発生頻度も多い傾向にあります。
頸椎の側屈は、下位頸椎の可動域が比較的大きいです。
頸椎の回旋は、C1〜C2(環軸関節)の可動域が大きく寄与します。軸回旋運動の約50%〜60%は環軸関節複合体が担う¹³⁾とされています。
頸椎のカップルドモーション
カップルドモーションとは、ある運動に随伴して生じる異なる方向への運動のこと¹²⁾¹⁵⁾です。
脊柱の運動(カップルドモーション)では、側屈時に回旋を、回旋時に側屈を伴います。
頸椎の運動では、側屈時に上位頸椎は反対側へ回旋し、下位頸椎は同側へ回旋します(図10)。回旋時に上位頸椎は反対側へ側屈し、下位頸椎は同側へ側屈します(図11)
図10 頸椎の左側屈時のカップルドモーション
15)より画像引用
図11 頸椎の左回旋時のカップルドモーション
15)より画像引用
上位頸椎の反対側への側屈や回旋は、翼状靱帯の牽引¹⁶⁾によって引き起こされています。
頸部痛の整形外科的テスト
頸椎のストレステストおよび緩和テスト
【Spurling's test(スパーリングテスト)】
検査方法
対象者は、頸部を検査側に側屈(または+対側回旋)をします。検査者は、対象者の頭部を上方から下方に向かって圧迫します。検査による症状の増悪を防ぐために圧迫は慎重に行いましょう。
判断基準
検査側の上肢に放散痛や痺れが出現すれば陽性です。
結果の解釈
頸椎神経根の圧迫により神経根のデルマトロームに一致した上肢への放散痛を誘発しています。
感度・特異度¹⁷⁾
0.53・0.94
備考
特異度が高く、診断への有用性が示されています。一方で、感度は中等度であり、他の検査との併用が勧められています。
【Distracsion test(牽引テスト)】
検査方法
対象者は、端座位(または背臥位)となります。検査者は、対象者の側方に位置して両手で額と後頭骨を把持します。検査者は、そこから対象者の頸部をわずかに屈曲させ、頭側遠位方向(上方)へ牽引操作を加えます。
判断基準
症状が緩和または消失すれば陽性です。
結果の解釈
頸椎神経根の圧迫緩和または椎間関節内圧の軽減による陽性反応と解釈されます。
感度・特異度¹⁷⁾
0.22〜0.44・0.90〜0.97
備考
検査により症状が出現または増強するケースも臨床ではみられます。この場合は、上位頸椎の不安定性に伴う症状出現が一つの可能性としてあげられ、徒手療法が禁忌となる恐れがあります。牽引の強さは段階的に調整し、慎重に行いましょう。
【Shoulder Depression test(肩引き下げテスト)】
検査方法
対象者は、端座位または背臥位となります。対象者は、頸部を検査側の対側方向に側屈します。検査者は、片方の手で頭部を固定し、もう一方の手で肩甲帯を下制させます。
判断基準
検査側の上肢に放散痛や痺れが出現すれば陽性です。
結果の解釈
検査手技により頸椎神経根や腕神経叢の緊張を高め症状を誘発しています。
感度・特異度
渉猟した限り調査した文献はありません。
備考
頸部の対側回旋を加えることで頸椎神経根や腕神経叢の緊張をより高めるとされています。
【sharp-purser test(シャープパーサーテスト)】
検査方法
対象者は端座位となります。検査者は、片方の手掌を対象者の額に当て、もうい方の手で、軸椎(第2頸椎)棘突起を把持します。そこから対象者は頸部を軽度屈曲させます。検査者は、額に当てた手掌で頭蓋骨を背側へ押します(後頭骨と環椎を後方変位させています)。
判断基準
症状が緩和または消失すれば陽性です。
結果の解釈
環軸関節の前方不安定性に対する緩和テストになります。
感度・特異度¹⁸⁾
0.69・0.96
椎骨動脈の循環評価
【Barre Leiou Sign(バレ・リーウー徴候)】
検査方法
対象者は端座位となります。頸部を左右に回旋させて15秒から30秒保持します。検査者は、その間に対象者の意識レベルや眼球の動きを注視します。
判断基準
椎骨動脈不全症状(めまい、複視、眼振、言語障害、嚥下障害、意識障害、吐き気、むかつき、頭重感・頭痛、 蒼白・冷や汗など)がみられたら陽性です。
結果の解釈
環軸椎部の回旋方向と反対側の椎骨動脈の血流が減るため、虚血性症状が誘発されます。
【Maigne’s Test(マイグネテスト)】
検査方法
対象者は端座位となります。頭頸部を伸展・回旋させて15秒から45秒保持します。検査者は、その間に対象者の意識レベルや眼球の動きを注視します。回旋は左右両方向で実施します。
判断基準
椎骨動脈不全症状(めまい、複視、眼振、言語障害、嚥下障害、意識障害、吐き気、むかつき、頭重感・頭痛、 蒼白・冷や汗など)がみられたら陽性です。
結果の解釈
環軸椎部の回旋方向と反対側の椎骨動脈の血流が減るため、虚血性症状が誘発されます。
胸郭出口症候群の徒手検査法
【Morleyテスト】
検査方法
検査者は、検査側の斜角筋三角部に指腹で圧迫刺激を加えます。
判断基準
圧痛や検査側の上肢に放散痛、痺れが出現すれば陽性です。
結果の解釈
陽性の場合は斜角筋症候群が疑われます。左右差での比較やその他の検査とも統合して解釈しましょう。
【上肢の下方牽引テスト】
検査方法
検査者は、検査側の上肢を下方に牽引します。
判断基準
検査側の上肢に疼痛や痺れが出現すれば陽性です。
結果の解釈
陽性の場合は牽引型TOSが疑われます。肩甲骨挙上をした際に、症状の緩和や軽減がみられるかも合わせて評価しましょう。
【Adsonテスト】
検査方法
検査者は、対象者の両側橈骨動脈に触れます。対象者は頚部を検査側へ回旋させた状態で深呼吸を行います(画像では右側を検査)。
判断基準
橈骨動脈の拍動に変動(消失または減弱)があれば陽性です。
結果の解釈
陽性の場合は斜角筋症候群が疑われます。斜角筋三角部を狭小させ、かつ深呼吸をすることで斜角筋の筋緊張を高めています。血流低下に伴う意識障害のリスクに十分注意して行いましょう。
【Wrightテスト】
検査方法
検査者は、対象者の両肩関節を外転・外旋90°かつ肘関節90°屈曲位から水平伸展を行い橈骨動脈に触れます。
判断基準
橈骨動脈の拍動に変動(消失または減弱)があれば陽性です。
結果の解釈¹⁹⁾
陽性の場合は肋鎖症候群が疑われます。Wrightテストでは、肋鎖間隙が5mm以下となり狭小します。小胸筋による圧迫は著相ではないとされています。
【Edenテスト】
検査方法
検査者は、対象者の両肩関節を伸展させ上肢を下方へ牽引します。その位置で橈骨動脈の脈拍に触れます。
判断基準
橈骨動脈の拍動に変動(消失または減弱)があれば陽性です。
結果の解釈¹⁹⁾
陽性の場合は肋鎖症候群が疑われます。Edenテストでは、肋鎖間隙が4mm以下となり狭小します。
その他、頸部の整形外科的テストについては、下記の文献が非常に参考になります。
上半身質量中心と頸椎アライメントの関連性
上半身質量中心とは、身体重心よりも上部の質量中心であり、第7〜9胸椎の高位に位置しています²¹⁾(図12)。
図12 上半身質量中心、下半身質量中心、身体重心の位置
上半身質量中心と頸椎アライメントおよび頸椎運動には関連性があります(図13)。
図13 上半身質量中心位置の左右方向と頸椎の関連性
a:上半身質量中心の左偏位、b:上半身質量中心の右偏位
22)より画像引用
上半身質量中心が左に偏位すると、下位頸椎が右側屈および右回旋します²²⁾。この時、頸椎右回旋可動域が向上する傾向があります。
上半身質量中心が右に偏位すると、下位頸椎が左側屈および左回旋します²²⁾。
座圧中心と頸椎アライメントの関連性
座圧中心と頸椎アライメントには関連性があります(図14)。
図14 座圧中心位置の前後方向と頸椎の関連性
a:座圧中心の前方偏位、b:座圧中心の後方偏位
22)より画像引用
座圧中心を前方へ移動すると、下位頚椎は伸展位となり上位頚椎は屈曲位になる傾向があります²²⁾。
座圧中心を後方へ移動すると下位頚椎は屈曲位となり上位頚椎は伸展位になる傾向があります²²⁾。
デスクワークで挙げられるような不良姿勢は、座圧中心が後方に偏位し、下位頸椎屈曲位、上位頸椎伸展位を呈していることが多いです(図15)。
図15 デスクワーク時の不良姿勢
デスクワークに伴う頸部障害を抱える症例では、殿部後方や腰椎部にタオルをセッティングして骨盤前傾(座圧中心前方移動)を促すような生活指導が有用な場合があります。
上半身質量中心や座圧中心と頸椎アライメントの関連性は、運動連鎖の観点から頚部の評価やアプローチにも応用することができます(後述の『頸部痛に対する治療的評価法』参照)。
頸部痛に対する理学療法評価
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