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投資家を惹きつけるエクイティストーリーとは?SmartHRに学ぶ資金調達戦略

昨年、未上場でありながら海外投資家を中心に214億円の資金調達を成功させたSmartHR。日本のスタートアップ環境は大きく変化し、スモールIPOの課題が指摘される中、上場前に成長を加速させる企業が増えています。

本対談では、投資家のバトンを繋ぐ資金調達戦略をどのように築いたのかをSmartHR取締役CFOの森 雄志さんに、FormXの時田 知典が話を伺いました。

また、投資家の注目を集め、資金調達につなげるための重要なポイントであるエクイティストーリーについて、「海賊船と宝島」に例えて分かりやすく解説していただきました!

さらに、成長フェーズに伴う投資家とのコミュニケーションの変化や、スタートアップに必要なガバナンス体制などについても伺っています。

森 雄志(もり ゆうじ) SmartHR 取締役CFO
2016年に楽天株式会社(現楽天グループ株式会社)へ入社。IR部に所属し、国内外の投資家面談や決算関連業務、株主総会対応、M&A、資金調達など、IRを中心に幅広いコーポレートアクション業務に携わる。2020年3月に株式会社SmartHRに入社。海外投資家対応をはじめ、資金調達や資本政策などの財務戦略の策定を担当している。

時田 知典(ときた とものり) FormX 代表取締役
2011年に公認会計士試験に合格後、上場会社の経営管理部門に入社し、経理業務(単体・連結・開示・子会社管理)を経験。有限責任あずさ監査法人(KPMG)では大手エネルギー業界を中心として監査業務に従事。大手ゲーム会社にM&Aされた会社では経営企画業務を行う。 動画系スタートアップに入社し、コーポレート担当執行役員としてバックオフィスを管掌し、バックオフィス部門の立ち上げや資金調達業務を経験。
2020年にSmartHRに入社し、IPO準備プロジェクトのPMとして、内部統制構築・全社PJマネジメント・内部監査や監査等委員会などのガバナンス機関の立ち上げなど幅広くPJに従事。2023年にFormXを設立。



シリーズEで214億円調達!OTPPとKKRを投資家に選んだ理由とは

時田 知典(以下、時田)昨年のEラウンドの簡単な概要から伺ってもよろしいですか?

森 雄志(以下、森)はい。2024年7月に総額214億円の規模で行いました。前回のシリーズDが2021年6月なので、会社としては3年ぶりの資金調達ラウンドになります。(約214億円のシリーズEラウンドを実施|株式会社SmartHR)半分がプライマリー(株式発行による第三者割当増資)、残り半分がセカンダリーという形で既存株主からの売却になります。

今回のラウンドでは、OTPP(カナダの年金基金)とKKR(グローバルPEファンド)の2社が共同リード投資家として参加しました。既存株主のWiL、Light Street Capitalからフォロー出資も受けました。

KKRは元々PEファンドですが、グロースエクイティのマイノリティ投資を行うチームがあり、そこからの出資です。 OTPP(オンタリオ・ティーチャーズ・ペンション・プラン)は、カナダ・オンタリオ州の教職員の年金を管理する投資家です。通常、年金基金は他の機関投資家にお金を預けてLP出資を行うのが一般的ですが、カナダの年金基金は独自の戦略をとり、自分たちでも直接投資を行います。

彼らの直接投資部隊の中に、ティーチャーズベンチャーグロースというファンドがあり、そこからの出資を受けました。彼らが未上場の日本のスタートアップに投資するのは初めてになります。

時田)スタートアップの環境ではKKRの出資を見かけることはありますが、OTPPからの出資は聞いたことがありません。OTPPから出資してもらうための戦略はどこから生まれてきたのでしょうか?

)大前提としてOTPPは、海外と比べてクラウドの浸透率がまだ低い日本のクラウド市場に注目していたということがあります。特にHR領域は国独自の商習慣や法規制があり、ローカルプレイヤーが勝ちやすい特性があります。そうした状況に私たちがフィットしたのだと思います。

SmartHRとしては、OTPPだけではなくKKRに対してもですが、グローバルな知見を得られることに魅力を感じました。両社にはファンド内に投資先のバリューアップを専門でコミットして取り組むチームがあります。

例えば、営業戦略や報酬設計、直近だとAIを含めた最新の技術トレンドに対するアドバイスを受けられます。バリューアップのチームがそれなりの規模でグローバルで存在し、各国の彼らのチームから知見を得られることが、過去に迎えた投資家にはない新しい魅力でした。

また、OTPPもKKRもしっかりロングタームでSmartHRの成長をサポートしていきたいという時間軸の部分もあります。SmartHRは2022年に経営体制が変わり、調達を始めた時点で代表交代から2年ほどのタイミングでした。

ここから2030年に向かって大きなことを成し遂げていこうと考えている中で、同じ時間軸で伴走してくれる投資家を選びました。

SmartHRに学ぶ次の投資家へのバトン

時田)最近、スモールIPO(評価額100億円未満で上場するケース)によって上場後にVCや機関投資家へ投資のバトンが渡らず、十分な資金調達ができず成長投資が困難になるという問題がありますが(Link:グロース市場に上場するなら、意識しておくべき100億の壁|FormX)、SmartHRの初期投資家から次のフェーズを支える投資家へのバトンの渡し方は非常に良い例だったのではないかと思います。例えば、OTPPやKKR以外で同じような投資が可能なファンドはありますか?

)最近では、PEファンドでもグロース投資やマイノリティ投資を行うところが増えています。また、New Enterprise Associates(アメリカに本拠を置くベンチャー キャピタル)がサカナAIのラウンドをリードしたりと、海外のグロースエクイティファンドが日本での投資機会を探しているケースも増えています。

時田)東証の「市場区分見直しに関するフォローアップ会議」(市場区分の見直しに関するフォローアップ)でも上場投資家が未上場から投資を行うクロスオーバー投資の必要性について触れられていましたが、国内の状況はどうですか?

)国内でもクロスオーバー投資を行う機関投資家は増えつつあります。ただ、レイターステージの投資ではバリュエーションが大きくなり、十分な規模のファンドが必要です。プライマリーとセカンダリーを組み合わせると、我々の今回のケースのように総額約200億円のラウンドでリードを取るためには、最低でも50~60億円を投資できるファンドサイズが必要になります。

例えばファンドサイズ100億円のファンドが、1社に50~60億円を投資することは当然できないので、母体の大きなファンドがレイターステージ投資の担い手になるという必然的な流れがあります。そのため、グローバルなグロースエクイティファンドやPEファンドが主要な担い手になることが多いですね。

最近では例えばMinerva Growth PartnersやJICのようなファンドもこうした投資を手掛けており、国内の担い手も徐々に増えてきています。

エクイティストーリーは「海賊船と宝島」

時田)ここからは、投資家の注目を集め、資金調達につなげるための重要なポイントについて伺いたいと思います。まず始めに、エクイティストーリーの定義と投資家に刺さったポイントなど伺えますでしょうか?

)基本的にエクイティストーリーは、「描いている戦略、過去の実績、経営陣・チームのケイパビリティを加味すると、今の価額で投資するのは割安で、5年後7年後に必ず大きくなってリターンが返ってくる」ことを伝える作業だと考えています。

私はよく「海賊船(会社)と宝島(市場)」に例えます。

投資家は、投資案件を考える時にリソースの7割を宝島の分析に使います。その後に残り2~3割のリソースを使って海賊船を調べます。どんなにいい海賊船でも、宝の少ない島に辿り着いたら投資のリターンは得られない。逆に宝がたくさんある島であれば、仮に辿り着いたのが1番ではなく2番、3番でも十分なリターンを得られる。投資家はこういう思考で投資をしています。

弊社の株主であるSequoiaの担当者も島の分析に半分以上のリソースをかけると言っていたため、そこを意識して、正しい市場、つまり十分成長する市場で戦っていることをかなり重点的に説明します。

SmartHRでいうと日本のHR Tech市場です。 特にグローバルの投資家にとっては、日本ではなく全世界に投資ができる中で、まず日本の会社に投資する意思決定をしてもらうことが必要です。

調達の時もそうですし、投資家と話すときには、まず魅力的な宝がたくさんある島で事業をしていることを意識して伝えています。宝島の話なくして海賊船の話にはなりえません。

投資家の妄想を捗らせるための材料を提供する

)島の魅力が伝わって、やっと海賊船の魅力を伝えることができますが、意識しているのは実績と成長の再現性です。

再現性が何かというと、投資をして5年後10年後も絶対に成長しますと100%言える材料はないですが、すでにこの会社は実績を残していて、その成長を継続的に実現するための仕掛け・アセットが何らかあるということが重要なポイントです。

その再現性をうまく伝えることができると、投資家側で妄想が捗ることになります。「きっとこの会社なら、こういうアセットを持っているから、こういう戦略・打ち手をやってくるだろう、そうすると今より高い価値になる」と投資家側の妄想を捗らせるような材料を提供することを意識しています。

SmartHRの場合、例えばマルチプロダクト化に関して、我々は労務から始まって、タレントマネジメントを第2の柱として成長しています。なぜタレントマネジメントも成功したかと言うと、例えば、労務管理で得た従業員データや、労務管理とのシームレスな利用体験である従業員タッチポイント、労務管理で得た顧客ベースに対してクロスセルをしていくという、「従業員データ」「従業員タッチポイント」「顧客ベース」の3つのアセットを活かしたことが成功の要因です。

この3つのアセットは、タレントマネジメント固有のものではなく、新しい領域に進出する際にも活かすことができます

SmartHRが今後どの領域に行くかは確定していない部分もありますが、この3つのアセットがあればどの領域でもある程度成功できそうだなという、これがまさに「再現性」です。 投資家の妄想を捗らせるために、事業の成長を支えるアセットや再現性のようなところを意識して説明しています。

時田)非常に分かりやすかったです。マルチプロダクト化の戦略もまさに島の話に関わると思っていて、労務管理という宝島を抑え、次の宝島としてタレントマネジメントを抑えに行けたと。

見えている宝島の魅力だけではなく、その島には見えない資源が隠れていたり、近くに魅力的な次の宝島があるなど、会社側としても時間をかけて、最初の市場としての宝島の解像度をあげることが大事だと感じました。

)おっしゃるように、マルチプロダクト化となると複数の宝島に出ていくことになりますが、どういう順番で複数の宝島を攻略するのか、その順番が重要になってきます。

例えば、最初に攻略した宝島に肥沃な大地があり、豊富な作物を育てられ農業に適した土地があったり地形的に港が作りやすいなど、島として発展する条件が揃っていれば、その他の宝島の攻略もスムーズにできます。一方、最初に辿り着いた島が痩せて貧しい土地で、地形も断崖絶壁で港を作れるようなものでない場合には、その次の島の攻略も難しくなります。

最初に辿り着いた島でどういうアセットを獲得できるのかが、マルチプロダクト戦略を考える上で重要です。 SmartHRの場合、最初に始めた労務管理という宝島で、「従業員データ」「従業員タッチポイント」「顧客ベース」の3つを手に入れられたことが、まさに、島の例えで言う肥沃な大地や港を作りやすい地形であったということだと思います。

投資家が競合と比較する時に、意外と提供してる機能群の丸バツ表で2次元的に捉えられることが多いのですが、どういう順番で事業を始めたかという部分の説明が重要です。

最初に辿り着いた宝島はどんなところで、そこで何を得て、何を活かして次の島に行くのかという順番が重要なので、投資家に対するDDでもそうですし、初見の投資家とのミーティングでも意識しながら話しています。

KPI管理をやり切るためのポイントとは

時田)今回のDDのプロセスを経て、特に見られたKPIなどはありますか?

)我々もARRが150億を超えてきて、SmartHRのビジネスが始まって10年となり、ある程度の期間にわたって様々なデータが溜まってきています。

特に、営業プロセスは注意深く見られました。例えば、顧客のリードがどういうチャネルで入ってきているのか、入ってきたリードに対して商談化率はどれぐらいで、商談に対して受注率はどれぐらいかという点、また、新規だけでなく、既存顧客に対する営業のプロセスはどうなっていて、誰がどういうKPIを背負っていて、どういう風に進んでいるのか、そのあたりは細かくDDを受けました。

元々のSmartHRの企業の成り立ちからしても、創業者・共同創業者はプロダクト畑、現社長は開発畑ということもあり、プロダクトのクオリティには投資家側も信頼を持っています。また、プロダクトの専門家ではない投資家側もプロダクト分析のケイパビリティがそれほどないという側面もあります。

営業サイドは全社員に占める割合も大きいため、どれだけ効率的にできるかが業績に与えるインパクトは大きいです。そのため、営業プロセスに関しては深く見られたという印象です。

時田)KPI管理は大事ですが、なかなかやり切れないスタートアップも多いと思います。やり切るために大事なポイントを教えてください。

①データで意思決定をする文化を醸成すること、②常に高い理想を持って新しいKPIを見る必要がある状態を強制的に作ること、③人やテクノロジーをフル活用することがポイントになると思います。

SmartHRでは、コーポレート側とビジネス側の両方にオペレーションを管理する部隊があり、それぞれでKPIを管理しています(まだまだ改善の余地はありますが。)。データ・数値をもとにロジカルに意思決定をするという文化、意思決定のスタイルを浸透させることが第一歩だと思います。

データは、意思決定のツールなので、意思決定において数値を重視するところが弱ければKPI管理もおざなりになると思います。データドリブンで意思決定していくことはSmartHRに根付いていた文化であり、重要になってくると思います。

また、現状に満足せず高い理想を持ち続けることも重要です。高い理想を持つと課題が見えてきて、その課題を埋めるために「もっとこういうデータを見ないといけない」「こういうメッシュで取らないといけない」など、KPI管理の改善ポイントに意識が向いていきます

時田)KPI管理をやりきれる会社とやりきれない会社の差は何だと思いますか?

)成長していこうと考えたらKPI管理をしなければならないというのは自然な流れだと思っています。データの可視化、KPIの可視化は健康診断であって、足元がどうなっているか、理想に対して現在地がどこかを知るには、数値としてのデータが必要です。

なんとなく全体で成長していれば良いという感覚になると、自分たちの現状に関心が薄れて現在地に興味が無くなり、KPI管理がおざなりになるのかもしれません。

しっかりしたKPI管理は義務だと思っています。外部資本を受け入れて最も効率的に活用し、最大のリターンを返すのが株式会社としての使命であって、どこにどれだけ資本を入れるかという議論にはデータが必要です。外部資本を受けている場合には、その意味を認識することですかね。

時田)海賊船、組織のケイパビリティについて、投資家に対してどのように説明しましたか?

)経営チームとしての強さと組織全体としての強さの2つあると思っています。DDの場では当然、経営陣にインタビューしますが、今回は営業のマネージャーや現場にも投資家インタビューが行われました

そこでしっかりとした数値管理がなされているか、各々のチームが自分たちの役割、追うべきKPI、他のチームとの連携、改善活動を行えているかが深く見られました。あくまでサンプル調査ですが、現場の従業員へのインタビューを通じて、組織全体としての強さを感じ取ってもらえたのではないかと思います。

今回のDDで深かったなと思う点で言うと、様々なデータを参照いただいたことに加えて、いま述べたように組織の中での色々な立場の人にインタビューが行われたことですね。

調達を実施する場合、通常は経営陣、特にCEO・CFOが矢面にたってコミュニケーションを取りますが、社外取締役や経営陣以外のメンバーへのインタビューなどを通じて、組織全体の強さも認めてもらっての投資だったと思います。

数値に表れない会社の強みをどう伝える?

時田)森さんが入社した後、ビジネスサイド・プロダクトサイドの様々な人に話を聞きに行っていた印象があり、良いエクイティストーリーを作るためだったのだと感じていました。エクイティストーリーを磨くための具体的なステップはありますか?

)まず、実績を支える会社の強みを認識することが重要です。実績を支えるファクターが市場なのか、プロダクト開発力なのか、営業力なのか、資金調達力なのか、より抽象度の高い強みはどこにあるのかを把握します。

全て強くあるべきですが、会社によって濃淡の差があるのでそれを明確にします。SaaS企業であれば、1つの市場だけでなく様々な領域に広げていくとなった時に、その強みを支えている材料で、新規の領域に進出したとしても活用可能な要素はどういうものがあるのかを認識していきます。

そして、その要素を投資家に分かりやすく伝えることも重要ですが、投資家からは見えづらい要素が、その会社の成長力を支えている側面もあると思っています。

例えば、SmartHRで言うと、プロダクトのアップデートの速度が早いという強みが着目されやすいですが、それを支えるのは密な社内連携です。ただ早いわけではなく、しっかり顧客対応をしているサポートやカスタマーサクセスのチームが既存顧客からの要望をプロダクトチームにFBする体制、営業チーム・マーケティングチーム等が新規顧客に対して営業する中で、ある機能的要因で失注した案件があればプロダクトチームにFBする体制ができています。

一見分かりづらいですが、このようなビジネス・プロダクトの連携がしっかり取れているという側面が、より顧客にとって価値のあるプロダクトづくりに繋がっていて、実績を支えているところがあります

あるあるだと思いますが、プロダクトサイドとビジネスサイドの力関係が歪になってしまい透明性のあるコミュニケーションを取れていないとか、開発チームは顧客から遠のいてしまっているとか、プロダクト側が強すぎてビジネス側が何も言えない、・・・などの話は実際に耳にするところです(苦笑)。

SmartHRの場合、ビジネス・プロダクトチームが対等にフェアなコミュニケーションを取れており、常に一緒に顧客の方向を向きながら仕事ができる関係があります。これが会社の成長を支える強みだと思っていて、こういった側面はKPIや財務数値には表れないものの会社の差別化になると思います。

エクイティストーリーの資料は、8~9割は投資家側のプロトコルに合わせて数値やデータを中心に作成しますが、数値には表れない組織的な強みを1~2割くらい加えると、エクイティストーリーに奥行きがでるのではないかと思います。

時田)ビジネス側とプロダクト側の連携について、投資家にうまく伝わるように工夫した点や、うまく証明できた点はありますか?

)DDプロセスで、ビジネス側と開発側のメンバーを満遍なく(例えばCOO、CPO、各ビジネス・プロダクトの執行役員)巻き込みました。両サイドから連携が取れている話が聞ければ本当なんだと納得できるため、何よりも説得力があったと思います。

あとは、年間数百件のプロダクト改善を公開するリリースノートを活用し、顧客からのフィードバックループが機能していることを加味しながら、様々な情報を与えることを意識しました。

時田)ありがとうございます。非常に参考になりました。

アーリーからレイターへ、投資家とのコミュニケーションはどう変わる?

時田)今回のシリーズEを踏まえ、投資家とのコミュニケーションで気を付けていることや、シリーズC、D、Eと進む中で感じた変化について教えていただけますか?

)基本的には、会社の成長性を見極める原則は変わらず、シリーズAからEまでやってきて、皆さんサポーティブに接していただいています。

変化した点を挙げるとすれば、ガバナンスの話にも繋がりますが、事業が拡大する中で、投資家として全てのプロダクトやチームの状況を詳細にモニタリングすることは難しくなります。そのため、問題を検知して対処する会社としての仕組みが整っているのか、というところを気にされるようになってきていると感じています。

組織図がどうなっているのか、誰がどのチームでリーダーシップをはっているのか、という組織の話もそうですし、今回シリーズEで特徴的だった点は、投資してくれた2社だけでなく、他の潜在的な候補からも、ボードガバナンスがどうなっているのか(普段ボードでどんな議論をしているのか、ボードの構成メンバーは誰で頻度はどれぐらいか、アジェンダはどういうことを議論しているか、誰がどんな発言をしているか)をよく聞かれました。その一環で社外取締役に対する投資家インタビューが行われました。

会社の規模も大きくて個別の事業の状況をつぶさに見ていられないので、それを全体として監督執行する会社組織としての仕組みがどうなっているかを気にされているなと感じました。我々もそれに合わせてガバナンスの体制や、内部統制の仕組みを整えていかなければならないと感じています。

時田)SmartHRの取締役会議事録は、他社と比べてしっかり書いているイメージがあります。そういうところも有益な資料になったのでしょうか?

)取締役会・株主総会の議事録はDDの資料として当然提出しました。加えて、社外役員のインタビュー等を通じて、普段どういう議論をしているかなど深く見られました。

レイターになればなるほど、取締役によるボードガバナンスがワークしているかは重要な論点になると思います。またDDのデータリクエストに応えるコーポレートメンバーの対応から、ボードの運営の質を推し量れる部分もあると思うので、もしかしたらコーポレート機能の強さを見られていた可能性もあるかなと思います。

海外投資家との関係構築におけるリスク

時田)未上場のまま成長していく中で、海外投資家とのコミュニケーションを視野に入れたときに、特に意識しておくべきことは何でしょうか?

KPIの整備は必須だと思います。それに加えて、海外投資家はグローバル企業をベンチマークにしているため、自社のKPIがそれらと比較して優れているか劣っているかを意識する必要があります。国内では比較的優れていても、グローバルのベンチマークではそこそこという場合もあります。その場合、経営陣がそのことを認識し、改善に繋げるスタンスを持つことが重要だと思います。

海外投資家による投資は、大きなチケットサイズをかけてグローバルな知見を獲得できるメリットがありますが、1つリスクがあるとすれば、グローバル投資家の投資方針の変更には気を付ける必要があります。例えば、投資アロケーションの変更により、日本やアジアへの投資ができなくなる可能性があります。また、クロスオーバー投資家の場合、ファンド全体の未上場株式への投資割合などが影響する場合があります。

1年後2年後のフォローオンの投資を期待していたけれど、会社の問題ではなく投資家の方針転換により、急に投資が難しくなることがあり得るため、海外投資家ならではのリスクは認識しておいた方がいいと思います。

その意味では、長期的な安定性を重視するなら、未上場企業専用のファンドを持つ投資家や、日本市場へのコミットメントが強い投資家を選ぶのが良いかもしれません。

時田)見極めるの難しいですね(笑)

)難しいですが、リスクを認識した上で出資を受け入れることが大切だと思います。

レイターステージのスタートアップに必要なガバナンスとは?

時田)ガバナンスの話を聞きたいのですが、特にレイターステージではガバナンスが非常に重要になると思います。スタートアップがガバナンスを構築していく上で、特にVCからの役員派遣などを踏まえて意識すべきポイントは何でしょうか?

)難しいテーマですね。SmartHRの場合、非上場段階で独立社外取締役が入っていることが大きな特徴だと思います。上場を目指し、さらに上場後も成長を続けるためには、そのフェーズの経験や知識が豊富な人材がボードにいることは、非常に価値が高いことだと思います。

例えば、スタートアップのリスク管理と、従業員数が1,000人を超える規模でさらに急成長を目指す段階で必要な内部統制やオペレーションシステムは全く異なると感じています。スタートアップの頃のやり方で誤魔化し誤魔化しできる部分もあれば、抜本的に変えていく必要がある部分(会社の管理や内部統制など)もあり、そういう答えのない課題が出てきたときに、上場会社における内部統制のあり方などの知見を持つ人がボードにいることは重要だと思いますね。

時田)具体的に、独立社外役員のアドバイスで会社の運営を変えた例などはありますか?

)そうですね、報酬設計がその一例です。SmartHRでは社外役員が委員長を務める報酬委員会を巻き込んで、役員報酬の設計を深く議論しながら定めています。その議論を行う中で、当社は創業者である宮田さんが代表取締役を退任しているため、現経営陣(CxO陣)の持株比率が低く、株主とのアラインメントが取れなくなる外形的なリスクがあるという気づきがありました。

そして、その点を踏まえて現経営陣のインセンティブに働くような株式報酬の設計をゼロベースで考える必要があったのですが、内部だけで議論するのは限界があったと思います。上場会社での知見を持つ社外役員に入ってもらい、株主からどう見えるかという視点などを含めてインプットしてもらうことで、レベルの高い議論ができていると思います。

日本のM&A市場を活性化するには?

時田)日本のスタートアップ環境について気になる点があります。「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」での議論をはじめとして、小規模な上場が多い一方で、M&Aが進まないため、グロース市場が成長していないという課題が指摘されています。このような状況を踏まえ、スタートアップ企業が事業を進めていくうえで、気を付けるべき点は何でしょうか?

)仰るとおり、新規上場基準・上場維持基準の引き上げといったスモールIPOに対する制限が議論されています。その流れで、VCが出資するスタートアップの出口戦略として、M&Aの重要性が増しているのは確かです。

いずれにせよ、資本政策やエグジットの方向性を早い段階でステークホルダーと共有し、合意を得ておくことが重要だと思います。特にエグジットは、全てのステークホルダーの利益を最大化することは難しく、誰かが少しずつ何かを妥協することで実現する面があると思います。

また、M&Aは売り手や買い手だけでなく、双方の株主の意向も非常に重要です。買い手側はM&Aの戦略の方向性を株主と合意しておくことは当然ですし、売り手側もエグジットの設定を早め早めにステークホルダーと話し、ステークホルダーとのプロセスをしっかり構築することで、実際にディールが起こった時にスムーズに進むのかなと思います。

時田)前回の資金調達のセカンダリーでもそうだったと思いますが、期待値調整や選択肢の提示について、どのように進められましたか?

)ラウンドが本格化する前から、売却後のことやファンド期限など、株主と定期的に話していましたね。

高い理想を掲げることの重要性

時田)最後に、IPOを目指すスタートアップ経営者に向けて、一言アドバイスをお願いします。

)私たちはまだIPOしていないのですが(笑)、理想を高く掲げることが重要だと思っています。高い理想があることで課題が見つかり、成長につながります。現在SmartHRでは中期計画を策定し、大きな目標を掲げています。大きな目標を掲げたことで、優秀な人材が加わり、会社の成長エンジンとなっています。

高い理想を掲げることは、ぶらさずにやっていきたいと思っていますね。

時田)本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました!