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不要(プーヤオ)

海外に旅行や仕事で行く際、現地の言葉を覚えるのは決して必須ではありません。
しかしながら、挨拶の言葉くらいは覚えておくのは、ちょっとしたマナーとも言えます。

そう言われなくても、いろんな思惑で覚えてから行く人は多いと思います。

しかし、そういう基本的な言葉以外にも、覚えておいた方が良い言葉もあったりします。

中国に限らず、旅行をしたりしてうざいのは、しつこくつきまとってくる客引の連中。
中国旅行を経験したことがある人なら、観光地やショッピングでしつこい客引きや店員に、不愉快な思いをした人も多いと思います。

しかし、彼らも生活がかかっているので必死です。

中国では、彼らに対して、ののしり言葉や強力殺虫剤より効く言葉があります。

「不要!」

発音は「プーヤオ」、意味はそのまま文字通り「不要」「要らない」です。解説する必要がないくらい、漢字でそのニュアンスがわかると思います。
すごい剣幕で


不要!!!

と言えばしつこい客引きも退散します。

それでも引かない客引きに対しては、引き金が潰れたマシンガンや、針が飛んだ蓄音機のように、「不要」を何回も連発すれば、いずれ諦めて退散します。

また、この「不要」のちょっとした応用編があります。中国語に興味がない方は、少し飛ばして下さい。

「不要」の後に動詞がつくと「~するべからず」「~するな」という禁止の意味になります。


中国語圏へ行くと、上のような表示を見ることがあります。
見ての通り「写真撮るべからず」「触るべからず」という意味ですが、こういう看板などでの禁止の語句は「請()勿~」「禁止(厳禁)~」がふつうです。これはいわゆる文語的お硬い表現。正真正銘の「~するべからず」「~を禁じる」です。

同じ意味として「不要+動詞」があるのですが、こちらはより口語的。会話では実によく使うので、中国語勉強中の方は覚えておきましょう。

閑話休題。
「不要」の具体的な使い方を。

数年前に台湾へ行ったときのこと。


久しぶりやな~と台北の総統府の間近からスマホを向けたら、

不要・・拍照!」(写真撮影禁止!!)

と警備の憲兵に怒鳴られました。ここでも「不要」を使います。あ、これって、使い方より「使われ方」でしたね。 

というか、総統府って写真撮影禁止だったっけ?20数年の小生の在住時、李登輝や陳水扁が総統だったときはパシャパシャ撮ってたぞ?
どうも納得がいかないので、宿の受付の台湾おねーさんに半分愚痴ってみると、

「なに、見つからないように撮ればいいのよ(笑」

彼女はニヤリと、私に意味深な笑みを浮かべていました。

「不要」の名手(?)だったあの作家

「不要」がどれだけ使えるか、誰もが知っているあの大作家が100年前に実証してくれています。

「私は昼間村田君に、不要(プヤオ)という支那語を教わっていた。不要は勿論いらんの意である。だから私は車屋さえ見れば、忽(たちまち)悪魔払いの呪文のように、不要不要を連発した。これが私の口から出た、記念すべき最初の支那語である。」

(芥川龍之介 『上海遊記・江南遊記』(講談社文芸文庫)17Pより。原文ママ)

このように、文豪芥川龍之介も中国漫遊の際に使いまくっていました。

芥川大先生、これがよっぽど気に入ったのか、それともよっぽど使用頻度が高かったのか、紀行文全体に「不要」がたびたび出てくるのですが、教えてもらってすぐに、

「これは使える  (・∀・)b」

と、何かにつけて「不要」を多用する芥川龍之介も面白い。

しかし、芥川龍之介が上海を漫遊したのは大正10年(1921)、つまり101年前。初めて『上海遊記』を見たのは中国留学時の20年以上前ですが、読了後の正直な感想は、

私「中国人、100年間全然変わってねーなーw」

でした。

「不要」にまつわる思い出を一つ。

10年くらい前に、友人に中国でビジネスやりたいから通訳としてついて来て、財布持って来なくていいから(費用全部出す)と言われ、中国語しゃべるくらいなら余裕のゆうちゃん♪と尻尾を振って喜んでついて行った時のこと。

実際に現地へ行くと、ビジネス通訳というより中国語通訳ガイド状態。友人の連れである日本語ペラペラの大連出身中国女子二人には、

「ガイドさん」

と呼ばれることに。ついに最後まで本名で呼ばれることはありませんでした。

ビジネスもある程度上手くいき、さて帰国しますかと上海の繁華街で最後の中国ライフを楽しんでいた時のこと。

私はトイレか何かで一同と離れたのですが、その間に彼らが中国人に絡まれたようでした。ネイティブの中国女子も頑張って追い出そうとしたそうですが、中国人をもってしても埒が明かず。

あれこれやりとりをしているうちに、私が戻ってきました。

私は状況がつかめず、どうしたの?と聞いてみました。どうやらしつこい客引きで、いくら「不要」と言っても引き下がらないとのこと。
さよかと私にバトンタッチとなったのですが、客引きをギロッと睨みつけ、低い声で静かに一言。

「不要…」

あれだけしつこかった(by友人)客引きが申し訳なさそうに、

「し、失礼しましたぁ~」

とフェードアウトするように去っていきました。
私にしたら、要らないものは要らないので「プーヤオ」と言ってやっただけなのですが、相当ドスが効いていた「不要」だったらしいです。

中国女子二人は大興奮。

「ガイドさん、すごい!私達中国人でも全然ダメだったのに!」

せやから俺はガイドさんちゃうっちゅーねんと言いたいのですが、ネイティブにこれだけ驚かれたのも、私の中国経験でなかなかないことでした。

とにかく、その時放った「不要」が、客引きの邪気をしのぐ狂気(?)を帯びていたことだけは確かなようでした。

「ニーハオ」「謝謝(しえしえ)」という挨拶言葉を覚えるのも重要ですが、芥川龍之介もお墨付きの魔法の言葉「不要」、覚えておいて損はない。


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