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まさかのタイミングで来た…長男の、北京で初めての胃腸炎②

 前回から、北京へ来て初めて長男が胃腸炎になった時のことを記している。この時、夫が海外出張中で不在だった。
 ワンオペでの長い長い一日を、いつか「あんなこともあったなあ」と懐かしく思い出すときは来るのだろうか。
 数か月経った今思い返しても、まだ、手にじんわりと汗が出てきてしまうのだ。

脱水状態→点滴決定。所要時間に驚愕…

 処方された吐き気止め薬(これについては後段で記したい)を飲んで症状が落ち着き、「おうち帰ろうよ」という長男をなだめながら、血液検査と尿検査の結果が出るまで待った。
 小一時間してようやく現れた医師と通訳の女性は「検査の結果、ウイルス性胃腸炎と考えられます」「体内の水分が足りていません」「点滴をして水分を補う必要があります」という。
 そして「まだ(長男の)体が小さいので、点滴には5~6時間かかるでしょう」「今日は入院していくという方法もあります」。
 ろ、ろ、ろ、ろくじかん…
 点滴が必要な理由は、確かに説明してもらった。でも、点滴の所要時間に驚きすぎて、その内容を覚えていない。

 この時点で、13時はまわっていた。次男のミルクや、この後回復していくであろう長男の食べ物も必要だ。でも、長男を一人残していけるだろうか。入院した方が安心だろうか。でも、言葉も不自由な中でワンオペ乳児連れ入院付き添いは、ハードルが高すぎる。

 どうすればいいんだ…。頭の中でまた、何かがぐるぐると回っている。点滴の準備をしようと促され、個室へ移動しながら、必死に考えた。

北京ラッフルズ医院の個室。奥のドア外に見えるカウンターには看護師がいた。

 到着した個室は、清潔で広さもある。ベッドの正面にテレビがあり、長男は早速「テレビがある。見たい」と言った。 まずスムーズに点滴をするには、テレビの力を借りるしかない。既に導入されているサブスクの中に、長男の好きなアニメ「しゅつどう!パジャマスク」を見つけ、再生する。長男はテレビを見ながらおとなしく右腕を差し出し、無事に点滴は始まった。

「一時間で帰る」。長男を一人残して、荷物を取りに戻ることに

 そして私は、看護師と通訳に尋ねた。
「今日は夫が不在です。下の子がいて、さすがに今夜入院はできそうにありません。でも今、ご覧の通り、全く何も持っていないので、ミルクや食べ物をとりに帰ってもいいでしょうか。必ず一時間以内に戻ってくるので、それまで、この子(長男)を見守っていてもらえませんか。」

 体調の悪い長男を、言葉の通じないこの病院に残していくことに、抵抗はあった。人によっては「一体何をしているんだ」と思うかもしれない。
 もとはといえば、最初に、すべて持って家を出てくるべきだった。それに尽きる。
 でも、空腹でぐずる次男もケアしなければならない。病院の薬局には、粉ミルクや哺乳瓶まで売ってはいなさそうだ。長男の食べる消化の良いものは持参した方がいいだろう。自宅マンションに、親しくなった友人はいるが、ウイルス性胃腸炎を患う長男のいる私たちのもとにお使いを頼むべきではない。
 その時の私にとっては、これがベターだった。

 看護師と通訳は顔を見合わせ、「わかりました」と応じてくれた。
 私は「すぐに戻る」「食べ物を持ってくる」「ずっとテレビを見ていて」と長男に言い聞かせた。最初は「いや」と言ったが、看護師がベッドサイドのイスに腰掛けたのを見て、「わかった」とうなずいた。

 そこから再び病院に戻ってくるまで、私はずっと小走りだったと思う。自宅ではミルクを作り、抱っこ紐で抱っこしたまま左手で次男にミルクを飲ませ、右手で荷物を用意する。
 念のため長男と次男の着替えやタオル、次男のオムツや追加のミルク、レトルトの離乳食、ベッド上で遊べそうな長男のおもちゃ、次男のおもちゃ。
 バナナ、買ったばかりのヤクルト、フルーツジュース、せんべい、リンゴ、前日に作って冷凍してあったかぼちゃ粥、カットしたメロン…。長男が少しでも「食べたい」と言いそうなものは、リュックサックに放り込んだ。


 50分後。病室に到着すると、長男は看護師に付き添われ、まだ「パジャマスク」をみていた。
 「本当にありがとうございました、すみませんでした」。日本語が話せる看護師ではなかったと思うが、ほっとして、思わず日本語でお礼を言った。

点滴+食事+睡眠で、ようやく快方に向かった

 長男はバナナやかぼちゃ粥を食べ「ああ、おいしかった」とほほ笑んだ。
 いったん大丈夫そうだな。そう思うと、力が抜けた。
 長男はじきにうとうとし始め、すうっと寝入った。タイミングよく、次男も抱っこ紐の中で寝始めた。
 私も急に眠くなり、ベッドサイドのソファに座ったまま、仮眠をとった。

 長男は2時間以上眠り、次に目覚めた時には顔色もよくなっていた。同じタイミングで起きた次男は、大好きな長男の座るベッドに行きたくて騒ぐ。次男を支えて長男のベッドに座らせると、2人そろって、また「パジャマスク」を見始めた。

「パジャマスク」をみる2人。この日は「パジャマスク」が本当に助けてくれた。

 さらに約2時間して、点滴が終わり、帰宅許可が下りた。
 受付で手続きや支払いを済ませてタクシーに乗り込むと、長男は「え、もう暗い。夜なんだね。お昼かと思ってた」といい、窓の外を見つめた。

 自宅に帰り、「つるつる(麺類)がいい」と言う長男に、卵とじうどんを作った。それからやっとの思いで長男と次男を風呂に入れ、彼らが眠りについたのは午後10時を過ぎていた。
 ほっとした。でも、長かった。さすがに、さすがの私も、疲れた。心身をこんなにフル稼働したのは、初めてだった。
 でも、大事なかった。それに、何事も経験。私の、北京での経験値は上がっていくのだ。そう思うことにした。

これ付箋!?日本では見慣れぬタイプの薬が処方された

 ちなみに、今回処方された薬の中に、日本では見たことのない形状の薬があり、長男はおもしろがって飲んでいた。前述した吐き気止めだ。

処方された吐き気止めの箱。
シートタイプの吐き気どめ。1回に2分の1枚を飲ませるようにとのことだったので、切った。

 一見、付箋にしか見えない。シートタイプの薬らしい。長男によると、舌にのせると「すぐなくなる」そうで、「あまい味」らしい。長男が日本で胃腸炎になった時に、飲み薬も吐き、座薬も嫌がり、大変だったことはよく覚えている。こんな薬もあるんだなと、興味深く思った。

※ 北京へ来て2か月ほどたった時の出来事を書いています。現在の長男は元気に過ごしています。