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美味しいと気持ち良いには敵わない

私が両親が40歳前に産まれたこともあり、甥っ子がのんびりと神様のところから歳のかなり離れた兄夫婦のところに来たこともあり、私には93才の祖母と3歳になったばかりの愛すべき甥っ子がいる。

甥っ子が産まれて、うちの座敷で甥を抱く祖母を見たときに、その皮膚に刻まれた年月と繋がった命の流れに、何だかとても泣きそうになったのはほぼ3年前のこと。

甥っ子はすくすくと育ちコミュニケーションのようなものが出来たかと思うと、たまにしか帰れない私に会うと人見知りで泣いたかと思うと、今は照れ笑いをしてわたしの名前を呼ぶ。とても偏食なところも含めて、わたしは愛おしくて仕方がない。

花が好きで毎日畑に行くことが日課であり生きがいだった祖母は、ほんとうにゆっくりと、でも確実に体力が落ちて、今は実家ではなく施設にいる。初めは私だと伝えると「おかえり。」と返してくれていたけれど、今はもう父と叔母と母のことしか認識していない。少し前には、決して来館頻度が低くない母親に、どうしてもっと会いに来てくれないのかと泣いたらしい。まるで子供のように。

産まれてから、周囲を認識し、世界を広げ、自分らしさや幸せを模索したあとは、また少しずつ世界を閉じて、一番近い人のみを認識し、一生を終えて行く。寿命を全うするとは、そういうこと。


そんな悲しいことを考えながらも、ひとつ救われたことがある。わたしをもう認識しなくても、祖母は私がいつも買って帰るチーズケーキを美味しいといって食べてくれること。決して欲張らず謙虚な祖母が5年くらい前にまた食べたいと言ってから、わたしはずっと同じものを買って東京から帰っている。

あのころは離れに住んで、わたしを待っていたよと迎え、もちろん自分で食べていた祖母に、今はわたしがその口にスプーンを運ぶ。もう、わたしと分からない祖母に、かつて私がそうしてもらっていたように。

色んなものが分からなくなっても、美味しいとか気持ちいいとかは産まれてからきっと最期まで知覚する。それは普遍であり不変。もしかしたら何よりも大切なこと。だから私は今、どんな生活になってもちゃんと食べて空気を入れ替えて適温で暮らすことを大事にしたいと思っている。そう、正にマズローの欲求5段階説のボトムにあたるもの。

93歳と3歳の間にいるわたし。甥っ子のこれからに、祖母の余生に、わたしに、わたしの大切な人たちに、大切だった人たちに、これからもたくさんの美味しいと気持ち良いがありますように。

愛のようなものとかプライドとか承認欲求に悩むときは、全て一旦横に置いて美味しいものを食べて適温の部屋で気持ちのいい寝具に包まる。些細な悩みも、美味しいと気持ち良いには敵わない。死ぬまできっと。


#エッセイ #美味しい #生きたい #家族 #マズロー


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