【連載】#2 生乳軍とダンシングバターシェイク|科学戦士「ミギネジ」の悪キャラの倒し方―Season2
本連載は、「科学のお姉さん」として活躍中の五十嵐美樹さんによる、主人公・ミギネジが、科学戦士として科学の原理を使って悪キャラを撃退していく、科学系エンタメストーリー作品です。Season1(全14話)は、科学と女性をつなぐ情報提供サイト「Rikejo」でお読みいただけます。
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ミギネジ、SNSアカウント開設したけれど……
私は、ミギネジ。
誰に言われるでもなく科学戦士をやっている。
「戦士★エージェント」の試験に合格し、プロの戦士として契約することになった。
「プロの戦士になったし、私の努力が日の目を見る日が近いかもしれない……!」
しかし、街を歩いていても声をかけられるのは、なぜかいつも博夫。
「博夫さんだ! フォローして応援しています!」
「フォロー……?」
実は、博夫はSNSを始めてすぐに試験に1位合格したニュースが流れ、たくさんの人からフォローされていたのだ。キラキラした自撮り写真とともに「戦いの様子もアップしていきます!」などと投稿されている。
ミギネジは気づいてしまった。
「ついに、私が倒した敵を、博夫は自分の手柄としてSNSにアップしようとしている。なんだかんだ言って、結局いつも博夫はやられて、私が敵を倒しているというのに……!」
人の手柄をあたかも自分の手柄にしようする博夫に対して、怒りが収まらなくなったミギネジは、博夫に負けまいとSNSアカウントを開設を決意。科学戦士っぽく「#元素記号体操」なるものを投稿してみることにした。
「C(炭素)の同素体ダイヤモンドみたいに硬くなりすぎず、力を抜いて反る〜」
「金属としては展延性があるV(バナジウム)のように、手足を展延するイメージでキープ~」
「P(リン)は数種類の同素体を持ちますが頭だけを持ち、首を伸ばす〜」
しかし、ミギネジは心の中で泣いていた。
「響いていない! 誰にも響いていない……!」
科学戦士らしく科学の知識と体の柔軟性を活かした渾身の投稿をするも、明らかにオンライン上ですべっているからだ。
「だれか笑ってよぉ~、せめて反応してよぉーーーー!」
ミギネジは、さっそく自分の時間の使い方を間違えてしまったようだ。
「戦士★エージェント」からの初仕事
少しブルーな気持ちになりながら「#元素記号体操」のために着ていた小学校の頃の体操着を脱ぎ捨てようとしたとき、「戦士★エージェント」から着信があった。
「ミギネジ、初仕事だ。“生乳軍”と名乗る敵が現れた! 同時多発的にチーズだとか、ヨーグルトだとか、コンフィデンスミルクだとか、バターだとか、なんかよくわからないが生乳をもとにつくられていそうな敵たちがいる。今すぐ〇区〇番地に行ってほしい」
「どうでもいいけど、コンフィデンスミルクってコンデンスミルクのことじゃない? コンフィデンスミルクって……直訳すると信頼牛乳、自信牛乳になっちゃうけど……。まあ、初仕事だし、私も変なミスをしないように気合い入れて行きますか!」
ミギネジは、“コンデンスミルク”を何度も唱えて練習しながら現場へ向かった。
現場に到着すると、白っぽい集団が暴れていた!
「はっはっはー。我々は生乳軍。人間に“なんか結局どれも一緒じゃない?”“なんか似ていない?”とか言われるが、我々はそれぞれの違いに誇りを持っているのだ。これ以上、“結局一緒じゃない?”なんて言わせないぞ~!」
「そうだ、そうだー! 今日は我々の違いのすごさを、人間に見せつけにきたのだー!」
次々と博夫に襲い掛かる生乳軍たち
「たしかに、乳製品ってまとめちゃうこと多いよね……。あっ!?」
同じく戦士★エージェントから現地に派遣されていた博夫が、禁断のひと言を言ってしまったようだ。相変わらず、現場で余計なことをする男である。
このひと言に怒った生乳軍の“チーズらしき固体”が、すごい形相で博夫を襲ってきた。
「危ない!」
ミギネジは叫んだ。
しかし、そんな心配をよそに、最近ファンからの声援の後押しで絶好調の博夫は、一瞬でパンチして、“チーズらしき固体”を吹き飛ばしてしまった!
「なにいい~!」
この状態を見て焦った“バターらしき固体”が挑発してきた。
「チーズは倒せても、これはどうでしょうね~。我々の違いを見せつけてあげます。ほら、次は乳脂肪分多めの君が戦ってきなさい」
“バターらしき固体”の指示で、今度は何やら“牛乳らしき白い液体”が博夫を襲った。
「くそ~! パンチしてもトロトロ~と飲み込まれてしまう……」
博夫は、あっという間に白い液体に飲み込まれてしまった。
落ち込む博夫ファン、
ミギネジのお願いを聞いてくれるか……
あたりを見渡すと、博夫のファンたちが泣いていた。応援していた博夫があっけなくやられてしまったからだ。
博夫の人気ぶりに少し嫉妬していたミギネジであったが、その涙を見て「戦士仲間を応援してくれているファンを元気にしたい」という純粋な気持ちが湧き上がってきた。
そこで、ミギネジは戦いを見守っていた博夫のファンたちに問いかけた。
「どなたか、ペットボトルを持っている人はいませんか~?」
しかし、まわりの反応が冷たい。
そう、体操着のまま来てしまったからだ。
「……? 誰、あの人?」
「あっ! なんか最下位で試験に合格していた人じゃない? あの人、ちゃんと倒せるのかしら? 怪しくない?」
ミギネジは、自分に対する印象にショックを受けないわけではなかったが、もはやそんなことはどうでもよかった。
「気持ちが沈んでしまったこの人たちをみんな元気づけたい! 敵を倒して平和を取り戻したい!」という強い想いがみなぎっていたのだ。
そんなミギネジの熱い想いに伝わったのか、泣いていた博夫ファンが「これでよければ、どうぞ……」と飲みかけのペットボトルを差し出してくれた。
炸裂! 必殺技「ダンシングバターシェイク」
ミギネジは、博夫のパンチや、“バターらしき固体”が言っていたヒントから、あることに気づいていた。「牛乳にしては乳脂肪分が多い」ということを!
「やつは、信頼牛乳……じゃなくて、コンデンスミルク」と練習してきたので言いたかったが、おそらく生クリーム!
ミギネジは、生クリームをペットボトルで回収し、沈んだ気持ちのみんなを元気づけようとある行動に出た。
「行けぇ~、ダンシングバターシェイク!」
その瞬間、いかつめのHipHopミュージックが鳴り響き、ミギネジは一心不乱に踊り続けた。右手に生クリーム入りのペットボトルを握りしめながら。
それを見た博夫ファンが笑ってくれている。しかも、「#元素記号体操」のストレッチ効果で、ミギネジの体が良く動いたのだ!
「みなさん、バターつくっています~!」
そう、生クリームの脂肪の膜が衝撃によってはがれて脂肪同士がつながり、バターになるのだ!
「そ、そ、それは…! バターではないか! 結局……、私と一緒ではないか!!」
“バターらしき固体”は、一番言われたくなかった言葉を自分言いながら、その場から去って行った。博夫ファンは歓喜に沸いていた。
踊り終わったミギネジは息を切らしながら、
「自分もそうだけれども、他と一緒だとか、違うとか、どう見られるとか、気にしないで生きていきたいよね」
そんなことをしみじみ思っていた。
戦い後のSNSの反応
「うわーーっ! ミギネジさん、SNSですごいことになっていますよ!」
翌日、博夫がパソコンを眺めながら驚いていた。
SNS上では、昨日のミギネジの戦いを見た博夫ファンが「体操着の人がダンスをしながら敵を倒した」と写真付きで投稿し、話題になっていた。
「肝心の“科学”も“ミギネジ”も、完全にすっ飛ばされている……。私、ただの変質者みたいじゃない!」
ミギネジは納得しない表情で、バズっているSNS投稿を見ていた。
こうして今日も平和は守られた。
■今回のミギネジ必殺技■
必殺技名:「ダンシングバターシェイク」
分野:化学
費用:★☆☆、手間度:★★★、危険度:★☆☆
■ミギネジの予備実験室■
~準備するもの~
・生クリーム(今回は、「タカナシ特選北海道純生クリーム47 」乳脂肪分47.0%を使用)
・500mlペットボトル(今回は、はさみで切りやすい「いろはす」を使用)
・はさみ
~実験手順~
①液体の状態の生クリームをペットボトルの中に入れて、しっかりと蓋をします。
②音楽をかけてただひたすらにペットボトルを持って踊ります。生クリームに衝撃を加えることを意識して振ることがポイントです。
③ペットボトルをはさみで切ると、液体の状態だった生クリームが固まりバターになります。
ぜひみなさんもミギネジの必殺技を試してみてください!
▼注意事項
・ペットボトルをはさみで切るときは、手を切ったりしないように気を付けて実験してください。
五十嵐美樹(いがらし・みき)
科学のお姉さん。
東京大学大学院修士課程修了。東京大学科学技術インタープリター養成プログラム修了。2020年春より東京大学大学院情報学環客員研究員。ジャパンGEMSセンター特任研究員。国際科学オリンピック応援団。
幼い頃に虹の実験を見て感動し、科学に興味を持つ。上智大学理工学部在学時に「ミス理系コンテスト」でグランプリを受賞後、自身が科学に興味を持つきっかけとなった科学実験教室やサイエンスショーを全国各地の子どもたちにむけて開催、講師を務める。科学館や小学校だけでなく、商業施設や地域のお祭り、お寺など幅広い場所でサイエンスショーを開催し科学の一端に子どもたちが触れるきっかけを創り続けている。Great Explorations in Math and Science取得。また、大企業エンジニア職での経験を活かして理系女子キャリアイベントの講師としても活動し、理系女子未来創造プロジェクト理事を務める。女子を対象に理科教育などを実践する個人または団体を表彰する日産財団「第1回リカジョ賞」準グランプリ受賞。
◆著者HP:https://www.igarashimiki.com/
イラスト:桜井葉子
https://www.cubic333.com/tag/sakuraiyoko/
(次回に続く)
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