丸山眞男を読んだことがないダメ編集者に送られてきた『今よみがえる丸山眞男』
数年前、北京国際ブックフェアに参加したとき、現地の女子大生がアルバイトで通訳として付いてくれました。
日本語が話せる時点で、親日家、少なくとも知日家であることは間違いなく、好きな日本のマンガやアニメの話なんかをしたものです。
アニメでは「おおきく振りかぶって」が好きらしく、推しているキャラは「阿部くん」とのこと。「阿部くんもいいけど、オレはやっぱ田島ですね」なんて他愛のないのない会話も、若い女性、しかも異国の人が相手だとテンションが上ります(そもそも、日本の若い女性とそんな会話をすることもないし)。
そんなやりとりの中、「大学でどんな研究をされているんですか?」と質問したのですが、その答えに驚かされたものです。
「丸山眞男です」
恥ずかしながら(いや、本当に)、私は丸山眞男の本は読んだことがありません。せいぜい、ちょっとだけ関連した本を一冊読んだくらいです。
丸山眞男に対しても、「戦後の左翼の思想家」という漠然としたイメージしかありません。
だから、中国人の女子大生が丸山眞男の思想を学んでいることに、強いインパクトを受けました。
もちろん、「へえ~、じゃあ、中国の共産党一党独裁にどう思いますか?」なんて野暮な質問はせず、「ス、スゴイですね」と、日本人編集者でありながら丸山眞男を読んでいない自分に恥じ入りながらお返事しました。
さて、こんな昔ばなしをしたのは、それから数年たった先日、次の本をご恵贈いただいたからです。
アマゾンでは、紙版は12月8日発売のようです(Kindle版はすでに発売中。電子版を先に出すパターンは初めて見ました)。
著者は関西学院大学法学部教授で、丸山眞男の孫弟子を自称する冨田宏治先生と、哲学系YouTuberじゅんちゃんです。
じゅんちゃんは、チャンネル登録者数5万人を超える「哲学入門チャンネル」を運営しています。
実はこのチャンネル開設前に、フォレスト出版から『世界の思想書50冊から身近な疑問を解決する方法を探してみた』という本を北畑淳也名義で出されています。そういったご縁で、版元のあけび書房様からご恵贈賜ったというわけです。どうもありがとうございます!
事程左様に丸山眞男コンプレックスがある私にとっては、非常に手頃な入門書です。
二部構成になっており、第1部はじゅんちゃんのYouTube上で行われた冨田宏治先生の講義をベースにまとめられており、受講者の立場のじゅんちゃんとの間で、ところどころ質疑応答が入ります。第2部は丸山眞男の代表作に対するじゅんちゃんの論考です。まだ20代のじゅんちゃんの知的体力には敬服します。
早速、速読して全体に目を通したのですが、先にも記したとおり、予備知識がほぼゼロなので、当然まだ消化しきれていません。それでも、丸山眞男を読み解く際の着眼点、あえて今、丸山眞男を取り上げる意図と意義は伝わりました。
そのうえで、今、第1章から精読をしています。
「カミカゼ」(神風特攻隊)と「南京」(南京虐殺)といわれる出来事を、日本人がなぜ同時になし得たのかということを説明する論理を、一生懸命考え抜いて明らかにすることが丸山さんの大きな狙い
――『今よみがえる丸山眞男』
では、人に自らの命を捨てさせて特攻に志願させるような強烈な秩序が一方には存在しながら、なぜ他方で、南京を包囲した日本兵が本来は南京に入城しないように命じられていたにもかかわらず、入れ代わり立ち代わり南京に入って掠奪・強姦・虐殺を繰り返すなんていうことが起きたのでしょうか?
――『今よみがえる丸山眞男』
第1章から冨田先生が丸山の代表的な論説「超国家主義の論理と心理」の解説をするのですが、個人的に上記のような丸山の問題意識を抱いたことがなく、今更ながら新鮮でした。
もちろん、「カミカゼ」と「南京」については歴史的事実として知っていたものの、「昔の日本は狂ってるなあ」「戦争って人間の理性を吹っ飛ばすんだなあ」くらいにしか考えていませんでした。
しかし、丸山は本来人間の内面に委ねられるべき「真善美」が、国家によって支配されたことで(国家が真善美の決定者なっていた)、「私事は悪」という論理が生まれ、上記のような「暴発」が起きただと語ります(たぶん)。
要するに、国家が「真善美」を支配することで、「カミカゼ」に志願することも善(反対に私事を持ち出して志願しないことは悪)、そんな国家の名の下で行われる蛮行も善ということになってしまった、と。
そして、冨田先生はこうした丸山の問題提議は、現代の政治や社会の問題を論ずるうえでも通用すると語ります。
たとえば、人間の価値を「生産性」の有無で判断する考え方がありますが、それはまさに個人の生き方、主観的な内面を蔑ろにした価値観です。
桜を見る会でお友達や支援者を優遇するという私的な行いも、国家の名の下で行われていることなので善という価値観で行われているのではないか。
あるいは、本来は高い独立性が求められる学術会議会員の任命に、国家として介入したことも問題視します。
このように、今、丸山眞男を学ぶことは、目下の政治や社会問題の根源を探るためにも非常に有用であるということです。
一時期、(いわゆる「保守」界隈で)「今こそ教育勅語を復活させよう」というムーブメントがありました。また、安倍政権下で行われた「道徳」の教科化もありました。丸山の指摘を念頭に考えると、これらは国家による真善美の押し付けになるのではないか、との思いが頭をよぎりました。
ということで、序盤しか精読していませんが、多くの学びが得られそうな丸山眞男入門でした。
ちなみに、本日(2021/11/25)と明日(2021/11/26)のVoicyのフォレスト出版チャンネルでは、じゅんちゃんをゲストに迎え、お話しております。
ぜひ、聞いてみてください!
(編集部 石黒)
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