私の「とんかつ慕情」――それは同情か、あるいは愛か
名作漫画「美味しんぼ」のエピソードの中で、感動話として有名なのが「トンカツ慕情」です。
「いいかい学生さん、トンカツをな、トンカツをいつでも食えるくらいになりなよ。それが、人間えら過ぎもしない貧乏過ぎもしない、ちょうどいいくらいってとこなんだ」
アニメ版はシーズン1の28話
これは「美味しんぼ」の中でも屈指の名言として、SNSなどでたびたび取り上げられていますので、ご存じの方も多いはずです。
漫画版は11巻に収録
私もアニメでこのエピソードを見て感動しましたが、私をもっと感動させた「とんかつ」がいました。それが「すみっコぐらし」のとんかつです。
すみっコぐらしは、サンエックスさんのキャラクター。オフィシャルHPでは次のように説明されています。
すみっコぐらしとは?
電車に乗ればすみっこの席から埋まり、カフェに行ってもできるだけすみっこの席を確保したい…。
すみっこにいるとなぜか“落ちつく”ということがありませんか?
さむがりの“しろくま”や、自信がない“ぺんぎん?”、食べ残し(?!)の“とんかつ”、はずかしがりやの“ねこ”、正体をかくしている“とかげ”など、ちょっぴりネガティブだけど個性的な“すみっコ”たちがいっぱい。
すみっこが好きな方、すみっこが気になる方、あなたもすみっコなかまになりませんか?
――すみっコぐらし通信 Sumikkogurashi Official web site
もともとは娘がすみっコぐらしが好きだった影響で、私も興味を持ったのですが、このコンセプトは実に日本人に合っていると感心したものです。同時に、窓際編集者である私としては、どうしてもシンパシーを禁じえません。
世の中や学校における非主流派にとっては、自身の生き方を慰撫してくれるような存在になっているのかもしれません。
とくに、私はすみっコの中でも、さらにすみっコ「とんかつ」にひかれます。
我が家で一番大きなとんかつ。
食べてほしいからソースとからしを持っている。
すみっコの主要メンバーは、しろくま、ねこ、ぺんぎん?、とかげ、とんかつの5匹?なのですが、とんかつだけは動物ではないのです。
とんかつ
とんかつのはじっこ。 おにく1%、しぼう99%。あぶらっぽいからのこされちゃった…
――同上
「食べ残し」に命が宿っているという設定、常人には考えつかないもの。とんかつの生みの親であるデザイナー横溝友里さんは天才としか思えません。この設定のおかげで、「単なるかわいい動物のキャラクター」から脱皮できて、世界観が広がったと語っています。
とんかつは茶色くて丸いフォルム、ころもがついているのでモコモコしている、一見、かわいいんだか、かわいくないんだか、正直ジャッジに迷います。「とんかつ」と言われなければ、ただの異様な物体としか見られない人も多いでしょう。
クレーンゲームで獲った水兵さんの格好をしたとんかつ
事実、最初はグッズが売れなかったようで……。
以下は、日経ビジネスによる、サンエックスさんの制作本部商品企画室・鈴木正人次長(当時)と生みの親である横溝友里さんをインタビューした記事です。
横溝:思い入れがあるのは、とんかつなんですね、最初は売れなかったというのもあって。
鈴木:最初はもう、本当に売れなくて。
――じゃあ、最初の4キャラ(しろくま、ぺんぎん?、ねこ、とんかつ)の中で一人負けでしたか。
横内:他のキャラが売れた後、お店で残り物みたいになっていたり。
――あ、本当に残された(笑)。
鈴木:営業からも「とんかつはやめてくれ」と言われて。ですけど、お話ししたとおり、すみっコぐらしからとんかつを取っちゃったら、本当にただのかわいいキャラになっちゃうので。そこをちょっと頑張って我慢しているうちに、人気が出てきたんです。
――日経ビジネス ロードスターと「すみっコぐらし」の共通点
他人事ではありません。
自分が編集した本が書店の片隅に追いやられて、返品される……。
営業部から「なかなか動きませんねえ(困)」と言われる……。
自分がつくった商品が売れない、という意味でいえば、悲しいかな、私自身、たくさんの「とんかつ」を生み出してきたわけです。
泣いているとんかつ。いや、これは涙ではなく油なのかも。
――スマホゲーム「すみっコぐらし~パズルをするんです~」より
そんな自己憐憫はともかく、とんかつは今ではしろくまと二分するほどの人気キャラクターに成長したとか。やはり、とんかつのユニークすぎる設定が、時間をかけて私のようなオヤジの心にも刺さるようになったのでしょう。
紙製のとんかつ
改めて感じているのは、キャラクター(人)は決して見た目ではないということ。一般的な審美眼でもってすれば、見た目のかわいさでいえば、しろくま、ねこ、ぺんぎん?、とかげのほうが、とんかつよりもかわいいのでしょう。
しかし、見た目のもっと奥、内面や背景を知ることによって、とんかつが愛おしくてたまらなくなるのです。
そして気づきました。
こうした感情こそ、本当の「愛」「TRUE LOVE」なのだろうと。
(編集部 石黒)
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