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世界的エンジニアがイノベーションの起こし方を教えてくれる

私はギリギリ、ジャパン・アズ・ナンバーワンの時代の空気を知る世代です。
テレビでは貿易摩擦の影響で職を失った米国人が、日本製のクルマや家電をぶっ壊している様子が流れていたものです。
1989(平成元)年の世界時価総額ランキングでは、上位50社中32社が日本企業でした。ガチの「日本スゴイ」があったのです。
ところが、それから30年以上経った2022(令和4)年にランキングされているのはトヨタ自動車一社のみという……。

タイトル:「国内スタートアップ資金調達金額ランキング」
調査期間:1989年から2022年1月まで(2022年1月14日時点)
レポート記事:STARTUP DB (https://media.startup-db.com/research/marketcap-global-2022)

この凋落ぶりの原因を探せばきりがないでしょうが、よく言われるのが、日本にはベゾス、ジョブズ、ザッカーバーグのような、日常を一変させるくらいのインパクトを与えた圧倒的なイノベーターが存在しなかったこと。
しかし、それを言ったらおしまいです。
なぜなら、そういう天才が生まれるのを待つしかなくなるからです。
おそらく、日本人にも尖った天才はいるはずです。ところが、大企業という檻の中に放り込まれた途端に、組織の事なかれ主義やトップダウン型の指示系統によって牙を抜かれ続けてきたのではないか――?
そんなことを思わせるのが次の新刊『0→100(ゼロヒャク)生み出す力』です。

著者の一人である水野和敏さんは、ポルシェやフェラーリにも勝ち、世界のカーマニアはもちろん、VIPたちを驚嘆させたマルチ・パフォーマンス・スーパーカー日産GT-Rの開発者。

水野さんはいかにして大企業である日産の中で、牙を抜かれることなく、イノベーティブな開発をすることができたのか――?
そのヒントと再現性のあるイノベーティブな開発のプロセスをすべて開陳しています。
そんな本書の「まえがき」を特別に公開させていただきます。


なぜ、そして今、本書が日本に必要なのか?――水野和敏

 あなたは、なぜこの本を手に取ったのだろうか……?
 タイトルや帯の文言から、この1冊があなたに、「新しいイノベーティブなモノづくり」や、「生き甲斐のあるライフスタイルをつくり出す方法」を記しているのではないかと、ピンと感じたからだろうと推察する。
 それはおおよそ合っている。

「激動の世界」「変革が必要」「100年に一度」……。職場でも、メディアを観てもこんな言葉が飛び交う。
 こうしたなか、あなたがクリエイターとして、あるいは企業の新商品の開発に直接的、あるいは間接的に携わる者として、担当するプロジェクトが問題なく進行しており、売上も順調、そして職場にも満足しているのであれば、本書を読む必要はない。無駄な時間を費やす必要もないから、この本から離れていただいたほうがいい。
 しかし、「変わらなければ……」とは思っていても、何をどうすればいいかがわからずに悶々とするばかりだったり、同じことを繰り返す仕事や日常に刺激を感じないという人も多いはずだ。あるいは、せっかく開発した新商品が思ったように売れない、アイデアが認められずに不満が溜まる一方だという人もいるだろう。
 そもそも、これは職種によらず、多くの会社員にとって当てはまることだろうが、トップダウン型の組織の中で、没個性の一つの歯車として働くことに疑問を感じていないだろうか。 
 このような悩みがある人は、ぜひこのまま読み進めていただきたい。

 なぜ、日本の社会は活力を失い、国力は大幅に衰退してしまったのだろうか。
 2011(平成23)年に発生した東日本大震災、IT化する社会と終身雇用の崩壊、AIによる仕事の喪失。さらに米中対立のはざまで右往左往する政治、コロナ禍、脱炭素社会への転換による社会構造の変化などが要因として挙げられよう。
 そして僕たちがはっきりと意識したことがあった。
 コロナ禍での対策の遅れ、東京五輪におけるドタバタ劇などを通して突きつけられた、アジアで最もデジタル化が〝遅れていた〟のはわが日本だった、という現実である。
 さらに未来への憂鬱の種となっているのが、2021(令和3)年12月に決定した過去最大の35兆9895億円にのぼる補正予算だ。原資は国の借金である赤字国債だ。
 2022(令和4)年5月7日における日本国債の格付け(ソブリン・レーティング)は24位(ムーディーズ・A2、S&P・A+)で、23位の中国の後塵を拝している。直後には25位で並ぶスロバキア、スロベニア、リトアニアが追走する次第だ。
 衝撃を受ける人がいるかもしれないが、日本は、16位で並ぶ韓国と香港にはとっくに抜き去られてしまっている。これが紛れもない日本国債の実力なのである。
 いったい、この借金は誰が払うというのだろう。
 はっきり言えば、今の40代以下の人たちに降りかかる。気の毒と言うほかない。
 こうした危機的状況と予測しづらい未来を前にしたとき、人々の行動、とりわけ日本人の行動はどうなるのだろうか。この先、日本を豊かにしてくれる事業や産業は生み出されるのであろうか。

 僕は、解決策や対処法はあると考える1人だ。
 それは、人間にしかできない、勝手に何でも組み合わせて考えることができる〝想像〟という能力を使い、独自性のある未来を創造する力をフル回転させることだ。
 僕が言う創造力とは、過去のデータや検証結果という「知性や比較」に基づいて生み出す力ではない。
 なぜか?
 それらはすべて過去の繰り返しであり、未来をときめかせるものではないからだ。
 確かに、コロナ禍という危機やパニックに襲われたとき、人間は生存本能に従って保守的な行動をとる。それは、当然のことだ。
 ことに、日本社会には強い同調圧力があると言われている。今ある組織や体制から離れずに、「和をもって尊しとなす」とばかりに、上からの指示によって現状維持に従順に努める。
 これを集団帰属意識という。
 僕が所属していた日産という大企業においてもそうであった。直近の足元しか見なくなり、保守的な行動をとるのが大勢だった。

 屈辱的な経験もさせられた。
 あれは1998(平成10)年のことだった。当時の日産自動車には、市場品質の向上こそ販売の重点課題という方針から、品質管理を専門とする大学の先生が外部から招聘されていた。しかし、彼らに専門外の自動車市場の動向などわかるはずはなかった。
 ところが、そんな先生たちの審査を受けないと、新規の開発すらやらせてもらえなかったのだ。
 審査で許可されるのは、いつも品質優良企業とされたトヨタの実績を踏襲したものばかりで、「技術の日産」はすっかり昔話になっていた。私にとっては悪夢の日々で、退職も考えた。
 しかし、「昨日と同じ今日が良い」では、永遠に輝きと喜びに満ちた明日はやってこない。
 動物にはなく、人間にしかないもの。それは本質を見抜き、、独自性のある未来を創造するきっかけとなる〝感性〟である。
 もちろん、同調圧力を基盤とする社会や、過去の成功にひたり、未来での失敗は是としない会社の中で、僕の言う創造力を発揮しようとすると、必ずと言っていいほど周囲の批判に晒される。
 その中で保身とあきらめで大勢に流されていては、感性に基づき、創造力から生まれる、未来をときめかせるモノやコトは誕生してこないのである。
 今、この危機的状況であるからこそ未来を見据え、感性に基づく創造力を一人ひとりが発揮していかなければならないのだ。
「日本人のポテンシャルはこんなものじゃない! 今は使えていないだけ」
 これが僕の口癖であり、本音でもある。
 本文にも記してあるのでここでは詳しくは語らないが、時間とともに自身の技を磨き、人のために仕事をする、それにより「人の喜ぶ姿が自分の満足や幸福感に〝変わる〟〝変えられる〟のが日本人の特質である。
 これは、他国の人には絶対に備わらない持ち味で、「もてなしの心」と言われることである。このことを、私は海外で多国籍の人たちと仕事をするときに、強烈に実感する。
 総力をあげ、他者をもてなす心がそのルーツにある。そこが欧州とは異なり、日本人ならではのものだ。だからこそ、買い手の数年先までも見据えた丁寧なモノづくりや匠の技が生まれ、世界を席巻した。

 今の日本に必要なイノベーティブな開発とはどういうものか。
 これをメインテーマに据え、ステージ4の末期の胃ガン発見からたった4カ月で職場に復帰させてくれた命の恩人でもある小泉和三郎先生のナビゲーションに導かれ、語り合い、編み上げられたのが本書である。

 第1章では、天命ともいえる小泉先生との出会いと私の闘病を軸に、信頼関係によって生み出される「何か」についてエンジニア、患者、そして医師の立場から掘り下げた。
 第2章では、2人が現在の世界に足を踏み入れたルーツ、そして2人の運命を決めた出来事を述懐する。僕の不良社員時代の行状も包み隠さず白状する。
 第3章では、どんな人間にも猛烈な修業時代が不可欠であり、そのあとに必ず物事の本質、正体を追究するステージが訪れることを2人の経験から再確認できる。
 第4章では、僕の信条であるチーム&リーダー論を展開する。さらには失敗論、検証の重要性を説く。
 第5章では、僕は自動車メーカーの今後の姿、小泉先生は理想の医師像を忌憚なく語る章とした。

「モノづくり」といっても、さまざまなジャンル、立場があるだろうが、本書を読んでいただくことで、少しでもモノづくりに携わるあなたの心に火をつけられたなら、これ以上の喜びはない。
 また、これから新たな一歩を踏み出そうとしている人たちの気持ちを、少しでも奮い立たせられればと願っている。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

(編集部 いしぐろ)


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