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【離婚後共同親権】世論はどのように操作されるのか(9)「外国人ジャーナリストに垣間見える欧米文化優越思考」
〔写真〕問題の西村カリン氏の記事の冒頭に掲載された、MHJ/ISTOCKのイラスト。親子の引き離し(断絶)を暗示しているようだ。
※前記事
海外ジャーナリストたちの一知半解な”国際常識”
前回は、本来なら危険な共同親権について厳しく問い質すべき使命のある、日本のリベラル系ジャーナリズムの現実をご紹介しましたが、時に日本のメディア以上に厳しい批判精神のある海外ジャーナリズムも、自国の”国際常識”にとらわれ、日本の現実を無視した離婚後共同親権論を主張してきます。
その典型的な例が下記の記事です。
世界的な通信社であるAFP通信の元東京特派員である、西村カリン氏の記事です。
本連載の最初で取り上げたEUの対日非難決議に関連し、離婚後共同親権導入を支持する記事です。
しかし、記事を分析すると、日本法への無理解、DV対策の軽視、そして言葉の端々からのぞかせる「自文化優越」的発想ー。
を検証していきたいと思います。
中途半端な日本法の理解
記事は1ページ目からやらかしています。
日本は先進国で唯一、離婚後に父母の一方にのみ親権を認める単独親権制度を取っている。「連れ去った」親は子供と同居しているため、裁判で親権が認められる可能性が高いと言われる。
これも当noteやいろんなところでその誤りを批判されるポイントですが、このような「連れ去り勝ち」といった裁判例は存在しません。
日本で「連れ去った(子連れ転居・避難)」同居親にそのまま親権が認められるケースが圧倒的に多いのは、避難前から監護が継続しているからであって、「同居している」からではありません。
また、1ページ目の末尾では、このような脅迫的な言辞が用いられています。
日本は2014年にハーグ条約の締約国になった。同条約は子供を守る目的で、元の居住国に子供を返すための手続きや、親子の面会交流を実現するための国際協力などについて定めている。双方の間で話し合いがつかない場合には裁判所が、原則として子供を元の居住国に返還することを命ずる。つまり、片親が「自分1人で子供の世話する」と決める権利はなく、子供を連れ去るのは違法だ。
この記載は一方的であり、確かに、ハーグ条約は第3条において、不法となる子連れで国をまたいだ転居について定めを置いていますが、国際条約で不法とされているからといって、日本の国内法において違法と評価されるわけではありません。
一般的に、国際条約は国際法上の効力がそのまま国内法に効力を及ぼすことはできません(講学上、「条約の自働執行性」といいます)。ハーグ条約の場合も、条約で取り決めた内容を国内で実施する責任は、締約した日本国政府にあり、日本では「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律」という法律が制定、運用されています。
したがって、「つまり、片親が「自分1人で子供の世話する」と決める権利はなく、子供を連れ去るのは違法だ。」という表現は、現実のケースに当てはめるにはあまりに断定的であり、法システムの実態を反映していない、といえます。
信じてもらえなかったあなたの母国に非はないのか?
ただ、西村氏はこれまで紹介してきたジャーナリストたちと違い、複眼的に物事を分析しています。
ハーグ条約に返還原則の例外が存在することや、「フランスなどでは原則として共同親権だが、裁判はケース・バイ・ケースで判断し、DVなどを理由に単独親権を決定することも珍しくない。」とも述べています。
しかし一方で、「また、連れ去りの理由として、DVや虐待が不正に利用されるケースがないとも言い切れない。」と、あたかも虚偽DV論に肩を持つような記述や、「子供を連れ去った疑いがある日本人女性はほとんどの件で、「DVを防ぐために逃げた」と説明する。もちろんDVがあった可能性は否定できないが、逃げるより先に居住国の警察などに相談すべきだろう。」とも述べています。
しかしちょっと待っていただきたい、西村氏の母国フランスでは、近年、こんな映画が話題になっていなかったでしょうか?
DVが容易に認められないフランスの司法制度で、面会交流を余儀なくされた少年が、父親から精神的に徐々に追い詰められていく恐怖と、フランスの司法制度の実態については、下記書籍で詳しく紹介がされています。
一応、西村氏を弁護しておくと、フランスのDV対策は日本よりずっと進んでいますし、真剣に取り組んでいるとすらいえます。
それでも問題だらけなのです。
西村氏のDV被害者に対する視線は、実は意外と冷淡です。
被害者に対して、「適切なふるまい」を要求する、抑圧的な記述が端々にみられます。
だからこう言い返したい。
自分たちの国を信じてもらえなかった側に、非はないのか?と。
異なる国の制度を「時代錯誤」と言い放つ無神経
3ページ目には、こんな記述もあります。
多くの欧米人からすると、単独親権制度は時代錯誤なだけでなく、日本が署名した「児童の権利に関する条約」に反する。
上記ご紹介したように、2日に1人、女性配偶者が夫に殺される国の制度が”先進的”だとでもいうのでしょうか?
2ページ目には、フランスでも多くのケースで単独親権が選択されていることも紹介されていたはずですが。。。
ただ、全体的にいうと、西村氏の記事は、非常にバランスの取れていて、今までご紹介したジャーナリストと異なり、木村草太東京都立大学教授にも取材するなど、複眼的に分析しようという努力の形跡はあります。
が、やっぱり「欧米各国の政治制度は日本より進んでいる」というアプリオリな呪縛からは抜けきれない。
また、後半にある、児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)9条違反という西村氏の主張は、明白な法令理解の誤りです。
並べてみると、すぐに理解できます。
<児童の権利条約9条>
① 締約国は、児童が法律によって認められた国籍、氏名及び家族関係を含むその身元関係事項について不法に干渉されることなく保持する権利を尊重することを約束する。
②締約国は、児童がその身元関係事項の一部又は全部を不法に奪われた場合には、その身元関係事項を速やかに回復するため、適当な援助及び保護を与える。
<民法819条>
① 父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その一方を親権者と定めなければならない。
② 裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の一方を親権者と定める。
日本の単独親権制度を定めた民法819条2項は、離婚後の親権者を単に定めるだけのみであり、親子関係を遮断するわけではありません。子どもには、民法766条などに基づく、非親権者との面会交流の機会も認められています。
児童の権利条約9条が締約国に義務付けている、「児童の身元関係を保持する権利」を侵害していません。
西村氏は、この記事を執筆する前に、日本の民法がどのような仕組みになっているか、基本的な調査をせずに執筆したことがよくわかります。
その決定的な根拠が、この記事を通じて、一度も「日本とフランス・EUとの親権制度の違い」について触れていないことです。
日本の親権は、英語ではpersonal authorityと英訳されます。つまり、子に対する親としての「権限(authority)」です。
これに対し、EU非難決議などにみられる、欧米先進国の親権の定義はcastody(養育権・監護権)です。それは、responsibility(責任)であって、authority(権限)とは決して訳されません。
また、親の権利性はほぼ全面的に否定されます。
西村氏は、法務省で公開されている、日本の民法の英語版をせめて確認するべきでした。そうした基本的な法制度の考え方の違いを見落としたまま、「フランスをはじめとした先進国の俺たちエライ」という、ウエメセな離婚後共同親権論をぶっているに過ぎないのです。
安易な犯罪者呼ばわり
西村氏はこの記事を執筆した後、ラジオ番組に出演しています。
そこでインタビュアーに答える形で、次のように述べています。
西村:そうですね。国際ルールでは、父親、母親両方の許可がない限り、一方の親が子供を別の国に連れて行くことはできません。それは犯罪になります。
冒頭にも述べましたが、ハーグ条約は確かに違法な類型を定めていますが、「犯罪」として要件化し、処罰を締約国に義務付けていません。
また、国際的なルールとありますが、ハーグ条約は欧米先進国など、締約国数は全体の半数ほどです。非締約国は国際常識のない国だとでも言うつもりなのでしょうか?
子連れ別居した親側は全く取材されず。。。
番組は中途、「連れ去られ被害者」の父親からのメッセージだけが紹介され、一方的立場からの解説で番組が進行していきます。
そして、こんなことを言ってのける。
西村:私が取材しながら最も感じたのは、日本と海外の両方で不勉強が多すぎると思いました。つまり海外の弁護士は日本の法律は全く知らないし、外国人の配偶者は日本人の弁護士はどれくらい守ってくれるかという不安もある。言語の問題もありますし、やはり専門家が必要な問題であると思います。
一言だけキレておきましょう。
お前が言うな。
さすがに、取材された木村草太教授もぼやかざるを得ません。
戸籍の附票が取れなかった理由は取材したのだろうか?「やる気のない弁護士」がなぜそうなるのかも取材したのだろうか?
— 木村草太 (@SotaKimura) August 5, 2020
日本人の親による「子供連れ去り」にEU激怒──厳しい対日決議はなぜ起きたか https://t.co/OwyQDL8i8C
それでも、少しだけ弁護しておくと、西村氏も一方当事者しか取材していないことを気にはしていたようで、こんなツイートも残しています。
こんな取材したら何が難しいかというと、ほとんどの事例で片親しか取材に応じてくれない事だ。子どもを連れ去った親の話も聞きたい。私はなるべくニュートラルな立場で報道したいので、「逃げるしかない」と思った親の意見も聞きたい。
— Karyn NISHIMURA (@karyn_nishi) August 20, 2020
ただ、こうも主張する。
引き続きこの子どもの連れ去り問題についての取材します。非常に難しい問題ですが、日本の法律はこのままだと状況が悪化する一方です。「問題ない」と言う政府は状況を把握して欲しい。何を改善すべきかは、まず裁判で決定されたこと(子どもの返還、面会交流)が実行される事。共同親権の議論も必要です https://t.co/h6iLXO9alm
— Karyn NISHIMURA (@karyn_nishi) August 20, 2020
西村氏の法制度の理解のところでも指摘していますが、分析が妙に雑になる傾向があります。
悪化とは何が悪化しているのでしょうか?
それは「親権」のせいなんでしょうか?
一番マシな共同親権賛成論者とみられるだけに、いろいろ残念な姿勢です。
※Newsweek記事掲載時、西村氏に対し、意見表明として下記連続ツイートをお送りしています。
西村カリン様 @karyn_nishi
— foresight1974@悪党見参 (@foresight1974) August 7, 2020
こちらの記事を拝見しました。
私は、西村さんとは離婚後共同親権に対する考え方は180度違いますが、大変興味深く読ませていただきました。
実際に「連れ去り」に遭った外国の方の声など、新たに知ったこともあり、勉強になりましたし→https://t.co/M03mzNAnsH
Newsweekにもあった良心的な記事
最後に、日本の法制度に無理解な海外ジャーナリズムの中で、良心的な記事を1つ。
作家・翻訳家・学者とマルチな肩書で活躍する冷泉彰彦氏の下記の記事は、日本と海外との法制度の違い、社会風土の違いをコンパクトにまとめた量記事です。
賛成派ならば、このくらいは書いてもらいたいものです。
(連載つづく)
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