1/17:静止してる

 今日の昼頃、銀行のATMでお金をおろしに行った。8台あるATMは全て埋まっていて、私は待機列の先頭で待っていた。荷物を沢山持った女性が右から数えて2台目の機体から離れた。私が前に立つと、機体の貨幣口に500円玉が一枚、貨幣取り忘れの通知とともに佇んでいた。

 私はすぐさまそれを手に取り、女性の元に走った。幸いすぐ近くを歩いていた。背後から呼び止められた彼女は少し驚いた顔をしていたが、数拍置いて状況を理解したようで私に礼をした。

 当たり前のような出来事だが、私はこの数分でこんなことを考えた。

『彼女はこう思って驚いた顔をしたんじゃないか。「わざわざ500円のために彼は走ってきたのだろうか、がめてもおかしくないのに。」』

『一部始終を見ていた警備員はこう思ったのではないか。「ほう、最近の若者にしては殊勝な奴だ。」』

 この善意は本当に当たり前のことなのだろうか。無視するのが普通。拝借するのが普通。そう考える人もいておかしくない。忘れた人は500円程度なら忘れた自分が悪いと思うかもしれない。忘れたことさえも気づかないまま死んでいくかもしれない。

 それでも私はこう思う。自分に対しては常に正直に、誠実でいたいと。人間意外と、親切にしたことは覚えていないが親切にしなかったことは覚えているものだ。

 と、ここまで語って置いてなんだが自分の親切心を自分の内に秘めておけるほど立派でもないので、この場を借りて言いふらす。

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