Chapter1 地域の"おいしい"を形にする
地域の“おいしい”を形にする仕事
note「おいしい地域活性化」に目を留めていただきましてありがとうございます。
はじめに自己紹介をご覧ください。
政府が「地方創生」を掲げ、地方自治体は、地域に人を呼び込むための一つの要素として「地域の食」に注目し、地域の食を生かした取り組みを観光振興や地域活性化に繋げたいという思いが、お土産物などの商品開発、地域ブランドという形で全国に売り出そうという動きとなって広がっています。市町村には「物産ブランド推進課」「商工観光課」など「6次産業化」に関わる部署が立ち上がり、現在、私が県市町や省庁から委任されている肩書も「アドバイザー」や「専門家」「プランナー」「マネージャー」「コーディネーター」などとだいぶ渋滞していて、地域でなんと名乗れば仕事がわかりやすいのか、いつも悩むほどです。
私の仕事は、料理をしてレシピを作ったり、商品やメニュー開発をすることだけではありません。地域の食や課題を掘り起こして、物語(ストーリー)の磨き上げを行いながら商品やメニューに仕上げ、それが売れるための道筋を作り、地域の人を適材適所に差配して地域にお金がまわるように事業化し、地域全体が活性化するようなプランを立てる。
古巣のテレビ業界で例えるなら、「ディレクター」であるとも言えますし、地域を食を通じてプロデュースする「プロデューサー」、地域の人(出演者)を輝かせるために影で支える「マネージャー」でもあるのかもしれません。このようなさまざまな役割を果たしながら、「地域のおいしいを形にする」という特番(特別番組)を作るのが私の地域での仕事です。
売れるジャムと売れないジャム
地方のあまり賑わっているように見えない直売所や道の駅に行くと、地元産の野菜、保存性が高いゆえにいつから置いてあるのかわからない芋類やカボチャなどがちらほら。地元の生産者の6次産業化商品は、規格外の果物や野菜で作って、手書きして家のプリンターで出力したラベルが貼られたジュースやジャムの瓶詰めというわずかな品揃えで、その空いた棚を埋めるように、他県の工場で大量生産された箱菓子が並んでいることがよくあります。
私は、そういった直売所や産直のある地域での6次化セミナーなどで「もうジャムは作らないで」という話をするんですが、セミナーの出席者にはもれなくジャムを作っている生産者さんがいて、行政の人にも、そんなこと言っちゃうの?と驚いた顔をされます。この話をするのは、総務省の家計消費状況調査によると国民一人当たりのジャムの消費数は年に2〜3個で作っても需要が少なすぎて売れないから、という物理的な意味だけではなく、「規格外の農作物がもったいないから」「特別な器具も要らなくて加工が簡単だから」という生産者の都合だけで、誰もが作るような砂糖を入れて煮詰めただけのジャムを作っても売れないことを伝えたいからです。
実際、マーケットの狭い日本でも売れているジャムには、おいしいだけではない並々ならぬこだわりと、のちにお話しする商品とともに売っている「あるもの」があります。
よく6次産業化の成功事例として紹介される、山口県周防大島の瀬戸内「ジャムズガーデン」さんは、日本人が消費する年2〜3個のジャムはここで買われているのではないかと思ってしまうぐらい有名なので、あえてここでは詳しく取り上げず、日本で爆発的に売れている外国のジャムの話をしようと思います。
日本の小さな田舎に通じるようなフランス・アルザス地方の自然豊かな小さな村で「ジャムの妖精」と言われるクリスティーヌ・フェルベールさんが作るジャムは、ピンクのドット柄の布製キャップと、ジャムに使われた食材とフェルベールさんの名前だけがプリントされたラベルという素朴なパッケージながら世界中にファンがいます。
母と行ったフランスはアルザス地方の街の小さな食料品店で、フェルベールさんのジャムの大ファンの母に勧められて買って帰ったルバーブのジャム、フランボワーズとショコラのジャム、薔薇と金箔のジャム、りんごとアールグレイのジャムは、さほど好きでもなかった私のジャムに対する概念が覆される衝撃の味と組み合わせでした。素材の甘みや酸味、苦味を活かした調理方法と、どうやったら思いつくのかと不思議になるほどの斬新な食材の組み合わせ。
フェルベールさんのジャムは、日本の高級デパートでも特別企画が組まれ、アルザスでは800円ほど、パリでは1000円ほどのジャムが1瓶2000円〜3000円という金額でも、日本のファンがこぞって購入します。
フェルベールさんのジャムには、ただおいしいだけでなく、食材ごとの旬に丁寧な手作業で作られ、人気が出ても大量生産はせずに自身が納得する味になったものしか販売しないという強いこだわりと、彼女が住むアルザスの小さな美しい村の風景、野いちごにさくらんぼ、フランボワーズなどの村に溢れる豊富な果実を採りながら、お母さんのジャム作りを手伝っていたという「物語」があります。ジャムを食べるとフェルベールさんの人柄が現れる穏やかで優しい笑顔と共に、その「物語」が目に浮かぶ風景となって人の心に響くのです。
物語(ストーリー)とは何か
ここでも出てきた「物語」「ストーリー」は、食品加工や商品開発、地域おこしなどに携わる人なら一度は聞いたことがあると思います。人によっては耳タコワードで「わかってはいるけど難しいんだよ」という声が聞こえてきそうです。
開業当初から、長崎県物産ブランド推進課からの依頼で商品選定委員(現在は運営委員)を務めている長崎県のアンテナショップ「日本橋長崎館」には、常時、長崎県内の事業者が開発した2,000点近い加工品が並びます。全国的にみても観光県・長崎は特に、観光客向けのお土産物開発が盛んに行われていて、日々アンテナショップでは限りある商品棚の争奪戦が行われています。
もはや地方商品も「おいしい」は当たり前。「デザイン」も良くて、その中で選ばれる商品、手に取ってもらえる商品と、売れなくていつの間にか他の商品と入れ替わってしまう商品との違いはなんなのか。
それこそが「商品に物語が見えるかどうか」の違いです。
「物語」の持つ力をマーケティングに取り入れた第一人者である川上徹也さんは「物を売るバカ 売れない時代の新しい商品の売り方(KADOKAWA)」の中で、下記のように述べています。
マーケティングの専門家である川上氏はここでは、完成した商品を売る場合の「物語」の発掘の重要性を説かれていますが、商品をプロデュースする私は、地域商品こそ、商品を生み出す"前に"「物語」を組み込むことを意識しながら計画を立てるべきだと考えます。商品が売れる要素に「品質」「価格」「広告」「流通」はとても重要ですが、世の中に商品があふれている時代、少量〜中量生産、配送料の付加で価格面においても大量生産品に比べると不利な地域商品は、「おいしい商品であること」は大前提として、開発段階で「物語(ストーリー)」を商品に付加価値としてつけることが重要になります。
地域商品開発の望ましいスケジュール(タスク)は、追々このnoteでもお伝えすることにして、物語をつける時に注意しなければならないのは、商品だけに焦点を当てた物語は他商品との差別化が難しいということ。長く愛される地域商品の開発にはその地域にしかない「地域の物語」の発掘が重要だという点です。
きらりと光る残念な商品に潜む「物語」
寂しい産直や道の駅でも、見つけると気になって買ってしまう商品があります。取り上げられた新聞をラミネートしてポップとして添えてある商品です。新聞記事の販促物への2次利用の是非については後ほどお話しするとして、私はそれを、新聞に取り上げられるだけの物語を有しているのに、それを売りにできていない「きらりと光る残念な商品」と言っています。
NHK長崎に勤務していた頃、キャスターを務めていた夕方のニュース番組と並行して定期的に提案しなくてはならない、ローカル局ならではの「地域ネタ」探しに奮闘していました。思い返すと、秋の収穫時期の「おにぎり」企画とか、長崎伝統の蛇踊りや長崎の教会をパン生地で作り上げる「パン職人」の企画とか、その頃から食に関するネタばかりで笑ってしまいますが、自分で街を歩いて見つけたネタと共に、いつもチェックしていたのは「長崎新聞」や、全国紙の「地方欄」でした。
公共放送であるNHKの企画には、単にお店や商品の紹介にならないよう「地域の課題に切り込む」とか「地域に貢献している」「公共性がある」ネタであることが必須でしたので、地域に根ざした取り組みを取材して記事にする新聞とは視点が同じで、むしろ日々の地域の動きをテレビよりも丁寧に拾っている地元新聞記事の写真を映像企画にすることにイメージが湧きやすかったからです。NHKを卒業してもう10年以上経ちますが、地域で仕事をしているとどちらかの後追い企画を目にすることもあったりして、ローカルテレビ、新聞は今でもお互いのネタを意識しているのではないかと思うことも多々あります。
取り上げられた新聞記事を横に広告として添えている商品は、言い換えると、いつも地域ネタを血眼になって探している新聞記者が発掘した「掘り出し物」です。プロの手でまとめられた記事は、地域にとって有益な取り組みが短く要約された、商品開発者にとっては格好の宣伝ツール。消費者は、新聞に取り上げられるほどのおいしさなのだろうから買うのではなく、新聞記事に書かれている、その商品を作った人や「物語」に興味を持ち、共感したから買っているのです。
ただ、下記の点から、自分の商品の「物語」を書いてくれた新聞記事を販促物として使うのはなく、新聞に取り上げられる秀逸な「物語」をきちんと整理して商品パッケージやリーフレットに反映させたり、オリジナルの販促ツールでHPやSNSで発信することをお勧めします。
昨今、ブログやSNSなどで新聞や紙面のシェアは散見されますし、私もこの本を読んでヒヤリとしましたが、著作権を侵害している場合でも、好意的に取り上げられていたりと著作権者が"著作物の宣伝になる"などのメリットを感じていれば、無断利用は黙認されているのが実態のようです。
上記は、CHAPTER2で取り上げる予定の「波佐見陶箱クッキー」開発において練り上げた、たくさんの人が関わる複雑な地域の取り組み「地域の物語」を、消費者だけでなく、メディア関係者、そして何よりも関係者にきちんと理解してもらうために弊社がまとめたものです。(上記は商品販売開始から1年後の改訂版)
「きらりと光る残念な商品」は、新聞紙面の無断利用という危ない橋を渡るより、きちんと許可を取った上で使用するか、手書きのポップや、お客さんに持って帰ってもらえるリーフレットなどの販促ツールに物語をまとめましょう。その販促ツールの中に、コメントとして「○○新聞に取り上げられました」「○○テレビで紹介されました」で十分、メディアにも注目されている商品であることは消費者に伝わります。
ちなみに「著作権トラブル解決のバイブル!クリエイターのための権利の本」は、地域商品開発において、デザインや広報の面で度々考える必要が出てくる「権利」のことが詳しく書いてありますので、逆引き辞書的な役割で持っておくと良い本だと思います。
地域全体の6次化をする
これから、本noteでは、一事業者(農家)の6次産業化ではなく、地域の多様な人々が関わり地域全体のメリットにつながる「地域全体の6次化」や「地域ブランド化」の具体的な話をしていきます。
農作物が少量多品種生産であることが多い地方では、使える食材も旬の時期に限られていたり、商品は小さな事業者、あるいは生産者自身が加工を担うことが多いためマンパワーの面からも、あまり数を多く作れないことが多いのが実情です。自分の会社の売上だけのために開発した商品だと、時間と労力に売上が見合わない商品であることが段々嫌になってきます。だからと言って製造委託しては身入りが少なすぎて採算が取れない。「作っても売れないから作らない」「作らないから認知度も上がらない」いつも間にかひっそりと作られなくなる商品の出来上がりです。
そこで地域商品にこそ意識してほしいのが地域全体が連携して「地域に愛される商品を目指す」ことです。この材料を使うと地域の生産者が喜ぶ、質の高い農作物を持っていくと消費者だけでなく加工業者が喜ぶ、この商品を作ると地域の課題がちょっと解決に向かうから地域の人や役場も応援してくれるなど、自分だけではなく、他者のために、地域の未来のためになると思うと頑張れたりします。6次産業化と地域活性化、地域づくりは密接につながっているので、持続的な地域づくりを行いたい行政が補助を入れ、地域の多様な人々が自主性を持って連携をしながら地域ならではの個性を持って生み出された産業、商品は、広く愛される息の長いものになります。
商品を作りたい理由=課題を炙り出す
「商品を作りたい」と考えるとき、その言い出しっぺが生産者さんでも、事業者さんでも、行政の職員さんでも、必ず「商品を作りたい理由」があります。
【生産者】
→農作物のブランド力を高めて少しでも高い値段でたくさん出荷したい、規格外の農作物がもったいから使いたい。【加工事業者】
農作物に加工を施して付加価値をつけ、看板商品を作って会社のPRがしたい【行政】
→就農者を増やしたい、地域の記念やイベントに合わせて新商品を作って地域のPRにつなげたい
これは、言い換えるとそれぞれ「商品を作って解決したい課題がある」ということ。私はクライアントと話をするときは、作りたい商品のことを聞くだけではなくて、役場で通史をおかりしてその地域の農業や食の変遷をたどったり、図書館に足を運んで地域のことを調べ、地域を歩き回って、地域の人たちと飲んでしゃべって(←ここが実は一番大事)地域全体の課題を整理した上で商品開発に着手することにしています。
こうして生まれた一つの小さな商品が、地域の救世主となり、課題解決に向けた光明となるケースもあるのです。次回はその好例と言える、長崎県波佐見町の地域内循環商品「波佐見陶箱クッキー」を詳しくご紹介します。