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映画「敵」感想
以前友人と話していた時、老化ということが話題になった
お互いに古希を過ぎた年齢
…なんか自分で自分が老化したと感じることある?…みたいな雑談
いろいろ思って…
歩くのが遅くなったのは感じるし、
視力が落ちたせいで階段の段差が見えにくかったり
細かいことで支障は出てきているが、
持病もなく大まかには健康面も体の動きも特に問題はない
性格的には相変わらず単純で忍耐力なし
大人になったらもっと知的で思慮深い男になれるかな
などと淡い期待を持っていたけど、その兆候もさらさらない
注意散漫で物忘れが激しい、これはボケたわけではなくて昔からだし
そんなこんなで老化で大きく変化した感じはしない
大元の部分は変わらず、枝葉の部分が経年劣化したくらい
正直自分が高齢者と分類されても未だにピンとこない
友人も僕とほぼ同じ感覚
老齢と言っても数字が増えただけ
人生のフェーズが変わった気はしない…と言っていた
お互い、老人になると始まるらしい、昔語りの繰り言とか自慢話し
…あの頃は良かったとか…どうだったかとか…言うこともなく
割と今を生きてこれから先のことを考えている、
という点でも同じような感触を持っている
ただその点に関しては
…我々みたいな勝手に一人で生きてきた連中はそうだけど…と言いながら
真っ当に学校を出て会社でも出世したような同年代の友人が
リタイアの後、急に老け込んでいる話しをしてくれた
…我々みたいに不安定な時間をずっと行きてきてなくて
まっすぐ硬いレールの上を走ってきたような奴は
突然レールがなくなると、アイデンティティーを失うんだろうね
そいつ仕事が趣味みたいな感じだったし
今は一緒に呑みに行くと、
昔の自慢話や老人特有の現状を嘆く話しを繰り返し聞かされてめげるよ
と言っていた
そんな話しをしながら急に思いついたことがあった
これは僕の老化の兆候かも
少なくとも中年期から初老期にはなかった
それは…街を歩く女性がみんな綺麗に見える…ということ
若い頃はともかく、青年期を過ぎると
艶めいたことは自分には関係ないように感じていた
関わりもないし期待も持たない
だから街で綺麗な女性とすれ違っても…
ただ単に綺麗な人だな…という感想だけ
心がときめいたりすることはなかった
…あんな人と少しでも親密になれたらな…
というような思いを持たないこともないが、
その気持ち自体全然乾いていて、
すぐにどこかに飛んで行った
それが…
いつからか切ない気持ちを覚えるようになった
以前のように乾いた感じではなく、なんとなく湿った気持ち
それは自分の老境が身に染みている時なのかも
目の前を行く美しい女性は人生の春から夏…
僕は人生の秋から冬に差し掛かっている…
光の中をいく彼女、ここからは陰が濃くなっていくだけの僕
なんかGarpta de Ipanemaの歌詞で歌われていた世界みたい
サビの部分がこの歌の言いたいことなんだろうと僕は思っている
それをリアルに感じられるようになったのかもしれない
性への憧れは生への郷愁に繋がっている
Ah! porque estou tão sozinho,
ah! porque tudo é tão triste
Ah! a beleza que existe,
a beleza que não é só minha
Que também passa sozinha
ああ、どうして僕は独りぼっち
どうしてすべてはこんなに寂しい
美しい人が一人で過ぎていくのに
それは僕のものじゃない
昨日見た映画「敵」
主人公はフランス文学の権威だった老人
モノクロの画面に繰り広げられる淡々とした日常の風景
古い日本家屋に住み、自分の貯金残高と死期を計算しながら生きている
一人暮らしながら、
美味しそうなものを自分で料理して趣味の良い食器に盛り付け
ただ習慣として食べるだけではなく、食事を楽しむエレガントさもある
その丁寧に描写される料理のシーンが素晴らしい
部屋の風景…
綺麗に整った食卓や蔵書でいっぱいの本棚
邪魔なものを置かない食卓、秩序よく収められている調理具や食器
植栽のある庭
庭から上がるために縁側の前に置かれた大きな石の沓脱
外の物置になっている小屋のなかの埃っぽさ
端正な彼の生活空間
元の教え子たちや編集者が時折訪れるだけのひたすら静かな生活
その情景は日本家屋独特の湿気を含んでいる
だけど孤独な生活の中で現実に幻想が混じり始める
その予兆、
パソコンに連続して送られてくる迷惑メールと「敵がくる」という文字
主人公の生活に徐々に侵食してくる夢、幻想
そして現実と幻想が折り重なり繰り返されるうち
知的で矜持を持って生きている老人の日常は崩れていく
端正だった部屋は少しずつ乱雑さを増す
現実と幻想、どちらとも言えない世界で関わる三人の女性、
美しい元教え子、行きつけのバーで働く女子大生
そして、映画の終盤から姿を現す亡妻が崩壊を加速させる
まだ少し隔たりがあるとは言え、僕はこの映画の主人公と近い年齢
その中で、主人公と美人の元教え子の関係が染みた
幻想か現実か…
年老いた心に湧き起こる恋心と性への欲望
それによって自分の在り方を正していた
ストイックさも矜持も崩れていく老人の姿
それが切ない
最後の小技的なトリック
ニコール・キッドマンが主演したホラー「アザーズ」を思い出した
もう一度見たい映画