社長に借金する人たち
夢を見た。
夢の中の私は随分お金に困っている。
勉強が苦手な息子の為に、タブレット学習の教材を申し込む。
教材が届いたその日にタブレット機器と1年間の教材を含めた16万円を、なぜか代金引換えで購入していた。
既に宅配業者が自宅前で待っている。
私は慌てて自宅にある積立金やへそくりをかき集めるが、どうしてもあと6万円足らない。
そこで私は、息子が最も大事にしているNintendoSwitchと、娘が大切に使うiPadを売ろうとする。
息子が叫ぶ。
「おれのマイクラとフォートナイトが!」
娘も悲しい顔をする。
「お母さん、わたしのカナデちゃん(プロセカの推しキャラ)返して」
ごめんね、外で宅配業者が待ってるの。お母さんも本当はこんな事をしたくない。
私は我が子の大切な宝物を奪ってしまった。
そこで目が覚めた。
現実世界では息子がゲームでクリアできず、何か叫んでいた。夢の中で聞いた叫び声はコレだったのかと身を起こす。
そんな土曜日の朝だった。
というわけで、今回は私の身の周りで起きたお金に困っている人たちのお話をしたい。
私は小規模飲食店の事務所で働いている。
入社して驚いたのは、社長にお金を借りる人が多いということ。社長とだけあって、お金があると勘違いしているのだろうか。
今回は社長にお金を借りる3人の男たちを紹介する。
黒井さん
毎度お金を借りる正社員(店長)がいる。
40代男性、既婚者子なし、色黒な肌でいつも黒い服を着ているので彼を黒井さんと仮名する。
黒井さんは人当たりがよく、第一印象は好青年にも感じる。20歳の頃ここの飲食店でバイトから始め、以来ずっと在籍しているらしい。なので、社長と黒井さんの付き合いも20年以上と長い。
そんな黒井さんはいつも社長に怒鳴られていた。お店の売上が悪いのと(売上0の日もある)お店の経営が毎月赤字だったから。
社長は「お前やる気あるのか」と怒鳴り散らし、「はい」と短くこたえる黒井さん。
黒井さんは社長のパワハラな態度にいつも「はい」しか言わないイエスマンだった。
まともな人なら、さっさと転職して違う職場を探すだろう。飲食業界はいつも人手不足だ。転職したってすぐ見つかる。
だが黒井さんはいつまでもこの会社に在籍する。社長にずっとお金を借りていたから。私がこの会社に来てから既にお金を借りている様子だった。5年以上は社長から借金を繰り返している。
「社長、すんません。5万貸してください」
「社長、2万でいいんです。お願いします」
「昨日貸したばかりだろ。一体何に使うんだ?昨日の店の売上は持って来たのか?」と社長は言う。しかし黒井さんは無言だった。いつも自分の都合が悪くなると、だんまりになる。
社長「毎回売上を持って来いと言ってるのに、何故持って来ない?舐めてんのか」
黒井さんは「すんません」と小さく頭を下げ「社長、相談があるんです」と言い出す。
社長「何が相談じゃ。お前また『金貸してくれ』って言うつもりか?」
黒井さん「いえ違います」
いえ違います、と言いつつ黒井さんは結局いつも社長からお金を借りていた。
借りる方も悪いが、貸す方も悪い。
黒井さんはお金に困るとお店のお金や、釣り銭にも手をつける癖があった。証拠があるわけでは無いが、わざと現金を事務所に持って来ず「忘れました」を言い訳にしていた。
売上は後日持って来るが、また社長に数万円お金を借りて借金を繰り返す。
黒井さんは店長を任されている立場を利用し、売上の現金や、日々の食材の発注、まかない料理など自分でやりたい放題にできた。
そんな事をすれば普通はクビだ。
しかし、社長も彼と付き合いが長いからなのか、人手不足で利用しやすいからなのか、ある程度の不祥事は目を瞑って黒井さんを解雇にしなかった。
社長は黒井さんを利用し、黒井さんもまた社長を利用していた。
利用する者される者。
この2人の奇妙な関係性を見た。
塩見さん
黒井さんだけでなく、他にも社長にお金を借りる人は居る。同じく飲食店(黒井さんとは別店舗)で働くバイト従業員。
こちらも40代男性、既婚者子あり、やつれた顔つきの塩顔なので、彼を塩見さんと仮名する。
塩見さんはサラリーマンだった。
昼間は会社員で働き、夜の時間帯にうちのお店でキッチンのアルバイトをしていた。
応募した当時「いつか自分の店を開きたい」と言い、ここで働く事になった。
ある日、彼は社長に「お金を貸して欲しい」と相談する。社長はどうやらお金に困る人を放っておけないのか、入社1年目の塩見さんにお金を貸していた。
金額は80万。のちに足りなくなったのか、塩見さんはもう10万追加で借りていた。
お金はお子さんの学費に充てたいと言う。金額からして大学の学費かと推測するが、奨学金は利用しなかったのだろうか?もしくは、教育ローンを利用する手もある。
いずれにしても、社長は塩見さんにお金を貸した。会社は赤字続きなのに、どこからお金が生み出されるのか不思議でならなかった。
塩見さんもまた、社長を利用し、社長も塩見さんを利用していた。飲食店はいつでも人手不足だったから。
社長はなぜ借用書も無しで他人にお金を貸すのか。弱者にお金を貸す事で、自分を大きく見せたい欲求なのだろうか。
輩男(やからおとこ)
ある日の夕方、事務所に見たことがない男性が現れた。来客はいつも私が対応していた。
男性の風貌からして、取引先の業者ではないとひと目で分かった。
スラリとした長身の体格に、気だるく着こなしたスーツのポケットに両手を入れて、色付き眼鏡の奥の眼が鋭く光る。男性のアウトレイジな出で立ちに、私は反社会勢力の団体を連想した。彼を輩男と仮名する。
一瞬、舐めるような目つきで見られて私は嫌悪感を感じた。
私が何か言う前に輩男は「おーい。社長、いる?」と奥の事務所にいる社長に声をかけた。
社長が出て対応する。
私は輩男は来客ではないと判断して、事務所へ戻った。入り口で2人の話声が聞こえる。
「頼むよ社長。〇〇万でいいから。頼む」
どうやらお金を借りに来たらしい。
社長はまたお金を貸すのだろうかと思っていたが、この日は違った。
「いや勘弁してください。すまんけど俺も貸せる金が無いし、毎月の支払いで精一杯なんだ。悪いな」
社長は断った。
どうやら社長は誰にでも貸すわけじゃないらしい。もしかすると、従業員でもないこのアウトレイジな輩男に『利用価値は無い』と判断したか。または一度でも貸せば何度も事務所に来て貸す羽目になり、お金が返って来ないと判断したか。
10分近く粘られ、ようやく輩男は帰って行った。
輩男はその後も何度か事務所に現れた。
しかしお金は貸さない社長。輩男が粘るも結局帰って行く。
そんなある日の午後、輩男がまた事務所に訪れた。事務所のドアを開けると輩男が立っている。
「社長、いる?」
入り口で輩男が言い捨てる。
この日、事務所は完全に私1人だった。
飲食店は定休日。他のパート事務員はお昼休憩に出ていて、社長は銀行へ外出していた。
建物には私と輩男の2人だけ。
この状況は、まずいかもしれない。
「申し訳ございません。只今社長は外出しております」
私はいつも通り来客用の対応する。
輩男は「へぇ」と声をもらし、その長身から私を見下すように見つめた。
いや焦るな慌てるな怖がるな。
早鐘のように心臓が鳴る。
しかし逃げ場所は無い。奥へ逃げても事務所は2階に位置する。逃げる場所は窓だけ。
私は何も起こらない事を願いながら「申し訳ございません。ご要件があれば伝えておきますが」平常心を保ちながらいつも通り、決まった対応をした。
「社長いないなら、また今度来るわ」
そう言って輩男は建物から出て行った。
助かった。
この状況は今までで一番身の危険を感じた。
その後も何度か輩男が事務所に現れたが、いつの間にかパタリと来なくなった。断り続ける社長は金ヅルにらならないと判断したのかもしれない。
なんだか落とし所が無いまま終わる。
お金のご利用は計画的に。