【書いてみた】連作短編|星降る月夜、宿り木の下で④
ふと耳をすますと、鈴の音がする。
⋯あの子の足音が近づいて来た。
あぁ、今日だったんですね。
チリン、とドアベルが鳴る。
あの子が顔を覗かせ、僕にニコッと笑いかけた。
『こんばんは!定期検診デス!』
「あぁ、こんばんは。ありがとう。」
『今日お客さんは?』
「先程おひとり帰られました。今日はもう来ないでしょう。」
『んじゃっ!今がチャンスっすね♪』
あの子はいつも肩に大きなかばんをかけている。
かばんからゴソゴソと取り出したのは
月の形をした音叉と、星の形をかたどったクリスタル。
『カウンターから離れて下さいね!』
僕は言われた通り、カウンターから離れてあの子の後ろに下がった。
『いっくよぉ~⋯』
ニコニコした顔つきから一転。
笑顔が消え、真剣な表情になる。
音叉とスティックが軽くぶつけられ、リィン⋯と心地よい音が広がる。
音叉の音に反応し、酒棚が一斉に強く光り出す。
少し光り続けた後、順番に光が消えてゆき、いつもの様子に戻った。
『⋯うん♪異常なしッスね!』
「あぁ、ありがとう。」
グラスに入ったサイダーをあの子に差し出す。
『⋯ホントは飲んでみたいんですけどね。この酒棚のボトルから作られたカクテル。』
あの子はグラスに入っているサイダーをしょんぼりとした表情で見つめた後、ゆっくりと飲み干した。
「でも、そんなことをしたら」
『分かってますよぅ⋯』
少しムスッとした表情を浮かべる。
『オレ、いつか飲んでみたいカクテルがあるんっす。』
「そうなんだ⋯何が飲みたいか、聞いてもいい?」
『カシスソーダ!ちっちゃくてかわいい果物がたくさん入ってて、赤くてキラキラしてて、とってもキレイだから!』
「へぇ⋯」
『早くオシゴト終わって、ホンモノの世界で飲みたいなぁ⋯わくわくする!』
「⋯オシゴト、か。」
『そいえば⋯』
あの子が飲み干したグラスをカウンターへ、ことり、と置いて続けた。
『マバタキさんのオシゴトが終わる条件って何なんっすか?』
僕はその質問をどうはぐらかそうか考えた。
そんな時、無意識に俯くのは悪いクセだ。
「⋯夢や雲を掴む様な話ですよ。」
『?』
「掴めそうで掴めない、でも⋯それでも⋯心のどこかで期待してしまう⋯諦めたくない⋯」
『⋯』
「⋯すみません、話しすぎましたね。」
はっとした僕は顔と口角を少し上にあげて、いつもの表情で本心を隠した。
『⋯あ!そだ!あとこれ!』
何かを思い出した様に話題をすり替えてくれたあの子は、再びかばんをゴソゴソと触り、ボトルを取り出した。
『新しいコ!』
にこにこしながら僕に新しいボトルを渡す。
「ありがとうございます。置かせてもらいますね。」
今回のボトル、また新しいアルコールですね⋯
あのボトルの隣に置いてみましょうか。
そんな事を考えながらボトルを受け取ると、
あの子は元気よく店を出て行った。
受け取ったボトルを酒棚に置く。
「⋯カシスソーダか。確か、言葉は⋯」
―貴方は魅力的―
あの子に何となく似合っている気がして、僕は思わずクスッと笑ってしまった。
「⋯そろそろ外の灯りを消しましょうか。」
ランタンの灯りを消すために外に出た時だった。
ふっと空を見上げてみると⋯
「⋯いつも前向きですね。あなたは。」
あの子が歩いた通り道だろう。
今日の夜空は、季節外れの天の川がいろどっていた。
星を纏い、月に照らされて光を受けても。
結局、僕たちは同じ。
帰りたい場所に未だに帰れない存在。
帰る条件は一人ひとり違う。
「僕は⋯それでも帰りたいんです。自分が帰りたいあの場所へ。」
星に願い、月に祈りながら
僕はランタンの灯りを消し、店へ戻った。