【書いてみた】連作短編|星降る月夜、宿り木の下で⑥
『知ってる?
星が死ぬ瞬間は、とてつもなく大きく光るんだって。
それはまるで、桜が最後の散り際まで魅せる瞬間の様に。
それはまるで、雪が肌に溶けて一粒の雫に変わる瞬間の様に。
⋯の⋯まで⋯、⋯』
これは、この前の記憶。
『あなたはいつもそう!私のせいにして!』
『君はいつも分かってくれない!』
これは、その前の記憶。
規則正しい機械の音。
心臓に合わせて動いてる機械の音。
これは⋯いつのきおく?
赤い光がキラキラしながら
シとソの音を出して近づいてくる。
これ、は⋯いつの、き、おく?
ひとつひとつ、記憶を集める。
この前から、いきなり頭ん中に見えるようになった映像。
それは日に日に色濃く、鮮明になり出した。
でもこれは、何だか知ってる気がする。
だけど、それが見える度⋯
足がフラフラして、歩きにくくなる。
どうしよう⋯
このままじゃ、オシゴト出来なくなる。
ホンモノの世界に帰れなくなる!
帰れなく、なる?
⋯どこに?
僕は訳も分からず星空を歩いた。
胸の中がザワザワして苦しい。
無意識に歩いた先に、あのお店にたどり着いた。
僕のオシゴト先のひとつ。
今日も柔らかく入り口の飾りが光ってる。
僕は少し重たいドアを開けた。
『⋯いらっしゃいま⋯え?』
連絡もなく来店した僕を見て、バーテンダーさんは驚いた顔をした。
そのままカウンターを出て近づいてくる。
『⋯どうしたんです?今日は何もなかっ』
その時、奥の酒棚が光った。
それと同時に、かばんの一部も光った。
かばんの中から光を取り出した。
光の正体は、僕が持ってる音叉と、クリスタル。
『どうして⋯』
光る酒棚と
光が消え、変化を始めた音叉とクリスタルと
そして、今までの頭の中に見えてた、記憶。
「マバタキさん。」
『⋯はい。』
「僕にカクテルを、作って。」
僕はテーブルにクリスタルと音叉を置いた。
音叉はスピードを上げて明らかに錆び付き、クリスタルにも大きなヒビが入り始めていた。
『そんな事したら、あなたは』
「ちがうよ!きっと、僕はお客様だって、認識されたんだよ⋯」
『⋯違ってたら、どうするんです!』
「お願い!信じて!!」
『⋯』
バーテンダーさんは苦い顔をして俯いた。
少し気まずい沈黙が流れた後⋯
バーテンダーさんが顔を上げて、口を開いた。
『⋯ココロに何か、抱えてはいませんか。』
僕は軽い目眩を感じた。
「⋯ぼくは、お父さんとお母さんから、愛されてるって感じれないんだ⋯」
僕はこの世界に来る前の、思い出したホンモノの世界の事を話した。
僕は
お父さんとお母さんに、抱きしめてもらった記憶がない。
手をつないで、歩いた記憶もない。
人混みではぐれても⋯こっちを見てくれない。
⋯って、叫んでも、人混みの雑音にかき消されて届かない⋯
ある夜。
好奇心で、向こうの世界へ行ってしまった。
その時、僕をみつけた。
姿形は僕より小さい、でもあれは僕だ。
だけど、ベッドのチューブにたくさん繋がれてた。
お父さんとお母さんは、ケンカしてた。
声が届かない。
ガラスをばんばんって何回も手で叩いても、気づいてもらえない。
どうして、お父さんもお母さんもこっちを向いてくれないの?
なんで、涙が止まんないの?
この気持ちはなに?
わかんないよ!
こわいよ!
たすけて!
いやだ!いやだ!いやだいやだいやだいやだ!
「ぼくを!おいていかないで!!」
⋯あの時叫んでも届かなかった、人混みにかき消されてしまった一言。
あの日に、もう時間は戻せないの⋯?
『巻き戻せないなら、ここから新しく始めてみても、いいと思いますよ。』
バーテンダーさんが優しい声で、僕に話しかけた。
『それなら、あなたが⋯
お客様が教えて差し上げれば、いいんです。
もしかしたらご両親は、どう伝えればいいのかが分からないだけかも知れませんよ?
大人は何でも知っていて、何でも出来ると思っているなら、それは違います。』
「僕が⋯どうやって。」
『お客様が、ご両親にされたかった事は?』
「⋯え?」
『さっき、記憶がなかったと話された事は?』
「⋯あ。」
ぎゅうって、抱きしめて欲しかった。
ぼくよりおっきな手で、ぼくの手を繋いで欲しかった。
置いていかないで、待ってて欲しかった。
『人は、どんな感情においても、察するという事が苦手です。
血や気持ちが繋がっていてもいなくても、同じです。
だからこそ、伝える事が必要なんです。
⋯伝わらないと、もどかしい気持ちになる時もあるでしょう。
ですが⋯そのまま伝えないままだと、ご自分を暗い世界に閉じ込めてしまう事になります。
次はお客様が、ご両親を抱きしめて、手を繋いで差し上げてみては、どうですか?』
「わぁ⋯」
初めて見た、バーテンダーさんのカクテル。
『ジントニックです。
ここから導き出される言葉は[いつも希望を捨てない貴方へ]
今宵はこの1杯が、あなたのココロとカラダを潤します。』
カクテルを手に取って
上にかざしてグラスの底から覗いてみると
透明な泡がキラキラしていた。
口をつけて味わってみると
しゅわしゅわしてて
ちょっぴりニガくて
すっきりと⋯甘かった。
知ってる?
星が死ぬ瞬間は、とてつもなく大きく光るんだって。
それはまるで、桜が最後の散り際まで魅せる瞬間の様に。
それはまるで、雪が肌に溶けて一粒の雫に変わる瞬間の様に。
最後の一瞬まで、美しいんだ!
『⋯っ』
外の夜空はいつの間にか表情を変え
いくつもの流れ星がこぼれ落ち続けていた。
次の持ち主を探すかの様に
星空へ溶けようとしているあの子の商売道具を見つめながら
ただ、何も言えずに。
涙を流すしか出来なかった。