オーケストラ部③ 初合奏
わが校の校歌、となりのトトロの「さんぽ」、「パイレーツオブカリビアン」。この3曲を個人錬、パート錬、セクション錬でコツコツと練習し、初めての全体合奏の日がやってきた。
部員みんなで音楽室の机をどけ、椅子と譜面台をオーケストラの隊列に並べ、全体を見渡せる位置に指揮台を置く。
いつもの音楽室がオーケストラ仕様になり、その席一つ一つに部員と楽器が整然と配置される。その瞬間、「同じ部活の1年生と2年生」としか思っていなかった人達が、急に「立派なオーケストラ」に見えた。
ホルンの準備をしながら、私はすぐ左前にフルート1年の2人がいるのに気づいた。
あ、そういえば私、この席に座りたかったんだっけ。
1か月前の地獄の楽器決めで、「ぜってえフルートから動かねえからな」の6人のうち1人がこの私だったことを、ふと他人事のように思い出した。
ホルンの仕組みや楽譜を「フルートと全然違うな」と比較はしたが、ホルンの練習が始まった瞬間から、もうフルートのことは“前世”のような感覚でいた。
「フルートをやりたかった」という気持ちも事実も、ホルンに奮闘しているうちにきれいさっぱり忘れてしまっていたのだ。
それは1か月前の楽器決めでは全く想像していなかった事態だった。「自分はちゃんとホルンに集中してきたんだなあ」と思うと同時に、「自分、単純過ぎでは?」と呆れもした。
初合奏は、音も沢山外したしボロボロだったが楽しかった。
合奏してみて分かったのは、ホルンの“支えてる感”。中音域でリズムやハーモニーを奏でることの醍醐味は、合奏で他の楽器と溶け合うことにあるのだと思った。と、同時に「ホルンは重要」「ホルンは難しい」と聞いていた理由が少し理解できた気がした。この役割は、責任重大っぽいぞ。
最初から最後まで通しの合奏を終えると、細かく小節を区切っての練習をする。
「ここからここまで、弦楽器だけ」「リズムをやっているコンバス、トロンボーン、チューバ、パーカスだけ」など、動きの似た楽器が指名されて演奏し、指名されなかった楽器は休みとなる。その時間指名されなければただ他の楽器を聞いていられるのだが、とにかく「パイレーツオブカリビアン」の弦楽器がめちゃくちゃ大変そうだった。
51人いる弦楽器のうちの半分である1年生が、9割初心者なのだ。楽器を触って1か月でパイレーツオブカリビアン、そして51人で音を合わせる。文字だけでは伝わりづらいだろうが、とにかく生半可なことではないのだ。
弦楽器だけが指名され続ける時間は長くなり、“弦楽器だけ合わせる日”も設けられた。これは高校オケ部あるあるなのではないだろうか。
クラシック音楽の話になるが、ホルンは音域も動きも幅広いため、管楽器の中でも出番が多くて暇にならない方だ。
反対に、トロンボーンとチューバは特に交響曲では出番が少ない。1年の冬まで時間を進めるが、トロンボーンの同級生は全体練習が暇過ぎて、宿題だった百人一首の暗記を隠れて黙々とやっていた。
そして、指揮者からフルートが指名された。
全体合奏中はホルンを吹くのに必死で他の楽器を聞いている余裕はとても無かったが、ついにあの「ぜってえ動かなかった人達」2人のフルートが落ち着いて聞ける。フルートに未練はないが、「自分こそフルートにふさわしい」と一番最後まで主張し続けた2人の実力がどんなもんか、興味はある。
沈黙する77人の中で、2人は完璧に美しい旋律を奏でた。
私は即行2人のフルートのファンになった。
それは、自分がフルートに立候補していたことが恐ろしくなるほどの、圧倒的な実力だった。
楽器決めが地獄の空気になって1時間経過した辺りで、「話し合いで誰も退かないならさっさとオーディションすればいいのに」と、私は思ったし周りも思ったに違いない。そしてもしもフルートのオーディションが行われていたら、2人のフルートを聞いた瞬間に私は負けを確信しただろう。というか、こんな上手い人達の前で吹きたくなかった。
「オーディション無くてよかった~」と、私は密かに胸をなで下ろした。そして、「黙って2人のフルート聞いてるだけの時間最高だな~」と、完全に観客の気分で楽しんでいた。1か月前の座席争いが嘘のような平和ボケっぷりである。
最後にもう一度通して合奏をして、全体練習は終わりになる。
「この状況からあと1か月で本番」という危機感と、「オーケストラを支えられるような音を出したい」という使命感を抱き、その日から何かスイッチが入ったのを覚えている。
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