ごどう君と即興コントをした
超普通の会社員だけど即興コントがしたかった
あの空間で、まあ場違いだっただろう、私の個性の無さは。別に私は芸術を仕事にする人間ではない。安定した給料は欲しいし雑に名乗れば私の仕事は「事務職」だし、古い大企業で平社員を6年やれるような私は「超普通の人」だろう。もう別にそれでいい。一言で自己紹介しなければならない時はもう、「会社員です」でいい。一言の自己紹介しか聞く機会のない他人など、「こいつクソつまんねえな」の認識でいてくれて構わない。
だからそんな人間が、一言も喋ったことのない同級生と即興コントをするためだけに下北沢へ来たと説明しても「こいつ何言ってんの?」の認識で構わない。「怖い」と言われたがそれで結構だ。心ゆくまで怖がるがいい。
大学時代の2年半ほど英語劇をサークルでやっていて、基礎練にインプロ、エチュードと呼ばれる即興劇が組み込まれていた。本番の劇の台本は英語だが、普段の練習や即興劇は全て日本語で行っていた。だから即興劇は全くの初心者ではないのだが、プロの手も借りずに学生同士でなんとなく練習してなんとなくダメ出しし合っていたくらいだ。自分の演技が上手かったのかは分からないし正直自信はない。
でも、高校の同級生のごどう君が下北沢のパブ「SOY-POY」で、即興コントをお客さんと一緒にやると知って居ても立っても居られなかった。
私には演技力もアドリブ力もあるか分からない、でも、度胸だけはある。度胸だけで舞台に立ってやる。
お客さんとの即興コントルール
当日、初めて話すごどう君に挨拶をし、高校を卒業して10年も経ったのに今更簡単な自己紹介をし、即興コントをした。
コメディアンとして既に活躍しているごどう君の提案する即興コントは、初心者にとても配慮されたものだった。
① 6枚の紙とペンをお客さんに渡し、好きな漫画や映画などの名ゼリフを書いてもらう。
② ごどう君ともう一人の演者はその紙を見ずに3枚ずつ折った状態で持っておく。
③ また別のお客さんから一言お題を貰って即興コントスタート。
④ コント中に困ったら紙を1枚ずつ開いて中のセリフを言い、その流れでコントを続行する。
コントの流れや紙を開くタイミングなど、プロのごどう君がしっかりリードしてくれる。
即興コント1本目「コンテスト会場」
1本目のお題は「コンテスト会場」。
突然講師役を始めたごどう君と、モデル役ということになった私。コンテスト前のリハーサルでウォーキングの練習をしている。
ぎこちないウォーキングをする私に、
ごどう君:「ダメダメ、全然ダメ!今のじゃまるで……」
紙を開くと、書いてあるのは『いないいないばあっ!』。
ごどう君:「今のじゃまるで、『いないいないばあっ!』いないのと同じ!存在感がない!もっと一歩一歩、重力を感じて!」
その後私が重力を感じすぎて歩けなくなったりする。
ごどう君:「みなもさん、僕はあなたの亡くなったお母様から、あなたを一流のモデルにするよう頼まれたのです。あなたのお母様は最期にこの言葉を遺していきました。その言葉とは、何でしたか?」
私が紙を開くと、『人がゴミのようだ』。
ごどう君:「そう、『人がゴミのようだ』!人はゴミ!もう周りなんてゴミ!気にしない!」
私:「言ってました!母、そういう人でした!」
この後私はチャップリンの娘ということが判明してモデルではなくコメディエンヌを目指すことになり、「お金が欲しいよぉおおお!!」と絶叫することになる。
何を言っているか全く分からないと思うが、全て本当に起こったことだ。
即興コント2本目「バナナ」
2本目はお客さんの中から若手芸人さん(ごどう君の知り合い)と若手俳優さんが加わり、4人でのコントになった。ただの会社員の私には二度と無いような贅沢な舞台だ。
先ほどの紙にセリフを書くというルールはなくなり、ルール無しの即興になった。
お題は、「バナナ」。
動物園の飼育員になったごどう君。残り3人は3匹のサル。
ごどう君から与えられる一本しかないバナナを3匹で奪い合う流れになった。奪い合いでは残り2人に出遅れたので、私は「このバナナは、私が預かるよ。投資やってるから。大丈夫、増やせるから」と言ってバナナを取り上げて剥いて食べた。その後ごどう君がマンゴーを一つ追加したが、これも同じセリフで取り上げて包丁で皮を剥いて切って食べた。
ごどう君:「(電話で話している)園長?はい。多すぎるから、サルを間引く?分かりました。(電話を切る)よし、一番色ツヤが良いサル以外は間引こうかな」
ここから3人が間引かれないようアピールすることになる。
私:「あー!今日の私の毛並みの色ツヤ最高だわー!(モデル歩き)」
芸人さん:「一発ギャグやりまーす!『ちょっとエロい大黒摩季』」
俳優さん、その場でバク宙。大いに会場が湧く。
ごどう君:「いやー、決められない!間引くの無理だー!」
こんなわけの分からないことが舞台上で起こった。見た人にしか意味が分からないと思う。文字では何も伝わっていないかもしれないが、とにかく私は最高に楽しかった。
こんなに楽しくて自由な演技があるのか
終わって私がマイクに「久しぶりに演技が出来て楽しかったです」と言った時、ごどう君は「人はみんないつも演技をしているから、それを舞台上でやってみただけだよ」と言った。
やられたと思った。ああ、そうだ。本当は、私の演技は家を出る前から始まっていた。服は「超普通の会社員女子の私服」に見えるよう、ただしある程度自由な動きに耐えられる丈のスカートとスニーカーを選んでいた。「即興コントなんか出来なさそうな女子」の衣装を着て家を出た私は、店に入ってからもしばらく、「超普通の人」らしく振舞うようにした。お客さんに対してコントのハードルを下げたかったし、びっくりさせたかった。
「他人からこう見られたい」というのが、日常でやっている演技の始まりだと思う。これはごどう君の言う通り、私はいつもやっている。
じゃあ、今日舞台上でやった演技は?
あの時私の目には、お客さんが全く見えなかった。とにかく自分を解放したくて、ただ自分が楽しんでいるということを伝えたくて、話の流れに任せてハジけた。お客さんからの拍手と笑い声はおぼろげに覚えている。
「本人の心がぶるぶると震えていれば、周りの人には通じるもの」とごどう君は手紙に書いていた(勝手にここに書いてごめん)。これがきっと、そういうことなんだね。ああ、こんなに楽しくて自由な演技があるのか。
もうプロフィールに一貫性がなくてもいいや
それまで、私は自分が何人も欲しかった。「一貫してエリートになりたがる自分」「一貫しておもしろいことに飛びつく自分」「一貫して面倒くさいことを考え続ける自分」「一貫して人の目を気にしまくる自分」「一貫して自分を表現したがる自分」。一貫性が無いと他人を混乱させる。目の前の他人が理解できる順番で情報を出さなければ、その人は私を理解することをあきらめてしまう。
でももう開き直って、この一貫性のない経験たちを一人の人生に詰め込んでやろうと思った。
もう自分を一言で表現できなくていい。一言しか聞きたくない人にはもう「会社員」「女」「人間」程度のプロフィールが伝わればそれでいい。
二言目、三言目がどんなに取っ散らかろうと、他人が理解できないプロフィールになろうと、面白そうなら飛びついてしまおうと思った。
ああ、そうそう。もしあなたが「自分なんてどうせ普通の人」と「自分にだって表現がしたい」を両方抱えているなら。
500円で表現者の人生へトリップ出来る場所があります。
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