成果が、目に見えなくても
お久しぶりです。
皆様、お元気でしょうか?
お元気な方も、そうでない方も
本当に皆さん、お疲れ様です。
皆さんにとっての
コロナ自粛期間中とは
どういった時間でしょうか?
私にとっての
コロナ自粛期間中は
家にこもりながら
自分の内にこもるような
そんな時間でした。
コロナの感染拡大により
私にも大きな環境変化が起こり
自分ではマネージできないことに
心が持っていかれる毎日です。
それらの出来事に乱され
泣かされて思うことは
今ここ、の私にとって
全ては必要不可欠な学びである
ということです。
いろんな出来事が起こり
いろんな感情を味わう中で
必死に考え、食らいついたのは
起こった出来事、味わった感情の
意味を考えることです。
なぜ、起きたのか。
なぜ、味わったのか。
なぜ、今なのか。
今、必要だから起こったのならば
今の私は、ここから何を学べるのか。
そのようなことでした。
と言っても
私は何も
学べていないのかもしれません。
同じことが、また起きた時に
今回よりも落ち着いて対処できるのか
はわかりません。
ここで得られた成果や結果は
目に見えないことです。
ゲームのように
レベル1からレベル2に上がるなど
目に見えて
自分の成長を自覚できれば良いのですが
そうもいきません。
でも
目に見えない
コロナというウイルスと戦う中で
目に見えることだけが全てじゃない
目に見えないことも世界を形作っている
ということを
より多くの人が
実感していると思うのです。
目に見える形では
自分の成長を何も証明できませんが
今回、向き合ったという事実は
私を強くしてくれると考えています。
目に見えた成果が挙げられなくても
誰かや何かに評価されるようなことが
できていなくても。
大丈夫。大丈夫。
私も、あなたも、大丈夫です。
今を必死に生きていれば
きっと、これまた最善のタイミングで
チャンスの女神様を
見いだせると思うのです。
焦らず、やりましょう。
今日も私たちは、精一杯やったのです。