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糸が切れる

その黄色いソファーは、荒野に置き去りにされた廃車のようにそこにじっとしていた。2階建てハイツの1階の外、物干しざおの下で、雨にずっと叩かれていた。粗大ごみの回収まで、そこに置かれているのだろうか。道路を挟んだ場所から、しばらくソファーを眺めた。そばを通る人が、傘を傾けながら私に視線を残し、通り過ぎた。

数週間がたった。またその道を通った。黄色いソファーを求めている自分がいた。ソファーはそこにあった。ずいぶんと汚れているように見えた。黄色が黄土色になっていた。道路を渡って、ソファーに近づいた。野ざらしにされ、どれだけくたびれているか、近くで見たいと思った。そばに立って目を見張った。それは黄色いソファではなかった。カバーが剥ぎ取られ、あちこちが破れてちぎれた、ソファーの残骸だった。むき出しになったスポンジのかたまりが、なんとかソファーの形を保っていた。

2人がけのソファーの残骸は、風雨にさらされ、水気をずっしりと含んでいた。座面だったところに、石や、枯れ葉、プラスチックの破片、サンダルの片っぽが乗っていた。人の生活の息使いが満ちた街のなかで、そこだけ廃屋のような陰気を放っていた。だがその空間は、私の目を引き付けてやまなかった。

しばらくの間、定期的にその道を通った。ソファーに近づいたのは、先の1回だけだ。いつもちらりと目をやりながら通り過ぎた。通り過ぎるたびに、ソファーとの間につながりが織られていった。そんなふうに、時間を潜り抜けた。

その日は突然やってきた。ソファーが姿を消した。もとからそこには何も無かったかのように、コンクリートの地面があるだけだった。ずっとあると思っていた糸が突然切れた。自分のいる場所を見失った。私はどこにいるのだろうか。どこに向かっていたのだったか。無くなるということは、無いこととは違うのだと悟った。

(2020.5.13の文章筋トレより 修正なし)

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