映画『朝が来る』を観て、その「音」に感銘を受けた
2年前、辻村深月さんの『朝が来る』を読んだ。そのときもかなり感銘を受けたような気がするが、話の展開、特に後半はほとんど忘れていたため、映画は映画で新鮮に見て楽しむことができた。
安っぽい言い方しかできないけれど、泣き所がちりばめられていて、映画を観ている間に何度もメガネやマスクを外して、涙をふくことになった。私以上に泣いている人の鼻をすする音も、ずっと響いていた。
どれだけ望んでも子供を得られない人、不妊治療を続ける人、そして、望まない妊娠をしてしまった人、さらにその家族。それぞれが抱える苦しみを、静かに描き出している、本当に素晴らしい映画だった。
何より、映像が美しかった。カーテンや木々の揺れを通して、何度も風を感じた。まるでそこに何かが訪れる前触れのように。
そして、光のシーンも多かった。カーテンを通してだったり、木々の間や指の間からだったり、海面に反射してだったりと、とても印象的にそんな光の映像が挟まれていることで、「ひかり」という少女の輝きと苦しみを、くっきりと浮かび上がらせていたように思う。
片倉ひかりという役を演じた蒔田彩珠(まきたあじゅ)さんは、何よりこの映画に欠かせない存在だったと思う。はかなさやもろさと共に、静かな強さを醸し出していた。後半の展開につれて、もはや彼女と一緒に腹を立て、哀しみ、泣いていた。これまで何かしらのドラマで、何度もお見かけしたことがあるけれど、正直ここまでの女優さんだとは思っていなかった。本当にこれからのご活躍が楽しみだと思った。
映像の美しさや、蒔田彩珠さんはじめ俳優さんたちのすばらしい演技に加えて一番感銘を受けたのは、「音」だ。
私たちが生きている世界は、音に溢れているということを、全編を通して伝え続けてくれた。音楽を使うのは、本当に限られたところだけ。
あとは、1つひとつの動作に伴う生活音や、部屋の中で窓を開けていて聞こえてくる音、空港や病院・レストランのざわめき、工事現場の音、森林の木々が風に揺れる音も印象的だった。
すべてのシーンで、登場人物のセリフと同じくらいに、世界にある音を聞かせてくれた。息づかいのひとつひとつさえ、言葉として語りかけられているような感じを覚えた。
おそらく、ものすごく丁寧に音を録って、つくったのだろう。その音のおかげで、作品世界が立体的に、ものすごく広く、奥行きのあるものとなった。今回の映画では、そこに一番感動した。映画が原作を凌駕する可能性を感じた。
通常、原作のある映画は、だいたい小説の方がよくて、映画はじゃっかん物足りなく感じるものだけれど、この作品の場合は、映画は映画で、ひとつの素晴らしい作品として成立していて、どちらもいいとしかいいようがない。
おそらく河瀨直美監督だからこそ、成し得たのではないか。そこはまだよくわからないけれど。
原作者の辻村深月さんは、こんな風にすばらしい映画ができたことがうれしい反面、ここまで完成度が高いことに複雑な気持ちを感じるのではないだろうか、などとうがって見てしまうほど、本当によい映画だった。
ひとつだけ疑問が残ったのは、ベビーバトンの取材をしていた、あのカメラを回していた人は誰か?ということだ。原作にそういう設定があったかな?読み直してみないとわからない。
同じ日にもう一本観たのだけれど、これはまた明日以降に。