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小説

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2020年10月の記事一覧

【小説】沐浴

 失うものの多さに、ときどきめまいがする。  両の腕で大切に抱えていたと思っていたものは、気づけばするりと滑り落ちていた。何も残らない。ここにあった、確かに抱えていたという記憶さえいつか薄れて消えてしまう。かつてはひとつ失うごとに、ほろほろ涙をこぼしたけれど。今はもう失うことに慣れてしまって、ときどき痛みのようなめまいを覚えるだけだ。 「今日は何をなくしたの、ぼうや」  ぴしゃん、と水面をたたく音。僕は水に浮かんだ黒髪が艶めいて揺れる様を眺めながら、つぶやくように言った

【小説】そのコーヒーは恋の味などしなかった

 ぱたりぱたりと、思い出したように雨は窓を叩いた。ほの暗い部屋に水のにおいが漂っている。私は一度席から立ちあがって、壁際まで歩いていって電気のスイッチを二つ同時に押した。ぱっと、研究室が明るく照らされる。振り向くと、ちょっと驚いたような二つの目玉が私を見ていた。すぐにそれは笑みに変わる。 「ああ、ごめんなさい。暗かったよね、ありがとう」 「別に、私はいいんですけど。暗くて困るの先生じゃないですか」  答えて、けれど私は元の席には戻らなかった。なんとなく壁際に立ったまま、先