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小説

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2020年7月の記事一覧

【小説】夏夢

「どこまで行かれるんです?」  夏風が吹き抜ける。じわりと汗のにじむ炎天下、電車の到着を告げるメロディーががらんどうのホームに鳴り響いた。 「どこまででも」  セーラー服の少女は、大きなスクールバッグを抱えなおして婦人の問いに答える。 「行けるところまで」  ざあっと滑り込んできた電車の音が、少女の声を騒がしくかき消した。  *  何か考えがあったわけじゃない。ただすべて嫌になった。  真っ白なノートの上、私はひたすら益にもならない通分を繰り返す。黒い筆跡がゆ

【小説】藤下先生

「藤下先生が死んだって」 「あら、お気の毒なこと」 「なんでも交通事故だとか」 「あの人ったら車をびゅんびゅん飛ばすのよ、事故を起こして当然だわ」 「それにしても残念だね、いい人だったのに」 「もうびゅんびゅん、本当よ、驚くったら──」 「奥さんは大丈夫かしら」 「彼女は二年前にもお子さんを亡くしてるからなあ」 「あの子は……いや、あのときは大変だった」 「神さまも酷なことをなさるものね」 「いい人だったのに、いや藤下先生のことだが……」  声がひとつ、ふたつと輪になってり