人生を変えたいあなたへ、一個のレモンを容れる勇気を持つのはいかがですか。

『檸檬』梶井基次郎著、新潮文庫

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一生のうちに経験できることというのは、物の数ほどもない。あれやこれやと理由をつけて、臆病を隠しているうちに、人生は終わってしまう。

時間がない、金がない、体力がない、自信がないなどと言い続けて、本当にそれらは無くなっていく。原因は全て、己心の臆病にある。臆病とは人生の敵なのだ。

ところがこの臆病、なかなか手強い相手なのである。

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私事だが、昨年は今までの自分からは全く想像出来ないほど色々な所に行った。シンガポール、上海、台北、伊勢志摩、名古屋、京都、そしてハノイ。

見て、聞き、触れ、嗅ぎ、全身で体感した。味をしめたのか、今年も既に色々と行く機会が多くなりそうな予感がある。楽しみを見出してしまった感がある。

私には、お金があるわけではなかった。時間があるわけでもなかった。体力があるわけでもないし、自信があるわけでもなかった。ただ、勇気を出したのだ。勇気を出そうと決めたのだ。ほんのちょっとだけ。

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旅行先の一つだった台北では、レモンケーキが有名だ。昔ながらの素朴な味わいは、地元の人はもちろん、私のような観光客にとっても人気である。

そんなきっかけでふと梶井基次郎の『檸檬』という小説を読みたくなった。そこには鬱屈した心を解き放つ一人の人間の姿が描かれていた。

「えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧(おさ)えつけていた。焦躁(しょうそう)と言おうか、嫌悪と言おうか――酒を飲んだあとに宿酔(ふつかよい)があるように、酒を毎日飲んでいると宿酔に相当した時期がやって来る。それが来たのだ。これはちょっといけなかった。結果した肺尖(はいせん)カタルや神経衰弱がいけないのではない。また背を焼くような借金などがいけないのではない。いけないのはその不吉な塊だ。」

教科書にも載ってある短編小説なので、皆さんも読まれた事があるかと思う。
作中の主人公がこの「不吉な魂」を鬱散したのは、唯一個のレモンによってであった。色味、形、香り。五感を刺激するレモンが、心を変えた。

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人心は微妙だ。縁に触れて様々に変化する。
心を変えるきっかけと言っても、人によってはレモン一個に過ぎない。

ただ一個、でも、"非日常"な一個。

さては、"いつもとはちょっと違う刺激"を獲得できるかどうかに、人生を変えていく大事な一点はあるのかも知れない。
だとすれば、個人に取って大切なことは、それを手に入れに行くわずかな勇気を出すかどうかにあるんじゃなかろうか。

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人生を変えるとか、勇気を出すとか大仰に言ったが、実を言えば、そんなに大袈裟にかまえる必要はない。

人生を変える手法には、地殻変動型と、チリも積もれば型がある。どちらも良いと思うのだけれど、表題に使った「一個のレモンを容れる勇気」は、チリも積もれば型をさす。

変な例えだが、見知らぬ人に対しては挨拶をする事さえ億劫な内気人間に、子連れの若妻をナンパしに行けと言うような事ではない(ちなみにこれは私が社会人になって初めての仕事だった。ティッシュ配りのキャッチだ。これは地殻変動型だった笑)。

そうではなくて、ほんの少しだけ、わずかな一点だけでも、"自分の鬱屈した毎日を変えてみよう"と取り組む事が、勇気を出す練習になる。

一個のレモンを買う。そんな"非日常"を毎日の中に、ほんのちょっとだけ許容する。一輪の花を飾るとか、ちょっといいコーヒーを淹れるとか、画集を買って読んでみるとか。

それくらいでいい。やった事が無い事を、あえてちょっとだけ取り入れてみるのだ。

そうすれば、僅かであるが、その一歩だけ人生は変えられる。私はそう思う。

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2020年。新たな年となった。
あなたにとってのレモンとは、一体なんだろうか?

「一個のレモンを容れる勇気」を、共に出していこうじゃないか。

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