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運動のモチベーションは「見える化」ではなく「話せる化」


皆さん、こんにちは!株式会社フリックフィットCEOの廣橋です。

先日、知り合いに誘われて、姿勢治療家の方が主催している「山手線一周ランニング(約40km)に参加してきました。

僕は普段から積極的に運動している方ではなく、特に40kmという距離を走ること自体に興味はありませんでしたが、「山手線一周を走った」という小ネタをつくるのもありかなと思って参加してみました。

当然、普段ランニングのような運動はしていませんから、12kmあたりの地点で左膝の横、右膝の後ろ側に違和感を覚え、15-17kmのあたりで激痛に変わりました。

普段、どれだけ運動に関する記事や本を読んでも、情報が右耳から入って左耳から抜けていくように、頭で分かったつもりでも、実際は全然腹落ちしていません。

しかし、今回、走りながら頭と身体がペアリングされた状態で、主催者の仲野さんや一緒に走ったベテランランナーの方からもらったアドバイスはなぜかストンと理解することができました。

↑頭と身体をペアリングすると知識がストンと理解できる。

例えば、仲野さんからは「走るというより、長時間動かしていない身体を動かす訓練をしていると思ってください。」というアドバイスをもらった時、「40キロ走らなければいけないんだ。。。」という意識が消えて、気持ちが一気に楽になりました。

また、もう足が限界だと感じていた時に、ベテランランナーの方からは「みんな大なり小なり身体が痛くなるけど、うまく痛いポイントをよけながら走ってる」というアドバイスをもらいました。

足が痛いながらも、痛いポイントをミクロ的に意識を向けて避けながら走ってみると、なんとなく痛みや疲れを身体の他の部分に分散できて、走り続けられるような気がしました。


↑考え方、アドバイス一つで少し身体が楽になった。

もしかすると、日常的にランニングをしている人からしたら、こういった概念は当たり前のことなのかもしれませんが、考え方ひとつで気持ちが楽になり、自分の身体の細部まで深く理解できたことは、僕にとっては、ものすごく新鮮なことでした。

結果として、数駅は痛み緩和のため電車移動したものの、38kmをびっこを引きながら走りました。

完走したという感動よりも、仲野さんやベテラン・ランナーの方からいただいた言葉によって、走ることへの興味がグッと強くなった気がします。

運動を続けられる人は、自ら運動する目的を作り出せる人

今回、山手線一周を走ってみて、同じ距離、同じ時間を走り、仮に「完走」という結果が同じだったとしても、各自の目的意識が異なっているということが実体験を通じて分かりました。

僕のように、「山手線一周走った!」というネタが欲しい人、走ることによって普段は意識しない身体の細部を理解したい人、走ることを通じて仲間と繋がりたい人、完走して美味しいお酒を飲みたい人など、走る目的は人それぞれです。

きっと、長期にわたって運動するモチベーションを維持できる人と言うのは、「健康」以外の身体を動かす目的を自分で作り出せる人なのではないでしょうか?

ビジネスでも事業を大きくできる人は、お金以外の目的を自ら作り出していくことができます。

↑同じ距離、同じ時間を走っても、走る目的は人それぞれ。

人類の祖先ardi(アルディ)が四足歩行から二足歩行にシフトしたのには、エネルギー効率を良くするため、手を自由にして道具を使うため、仲間に食べ物を届けて、繋がるためなどといった目的がありました。

工業化、都市化、そして、テクノロジー化が世の中に浸透する前は、歩いて誰かに会いに行く、水を汲んだり、家の中を掃除するなどといった身体を動かすための明確な目的が存在していたことでしょう。

しかし、身体を動かさずワンクリックで買い物や仕事が成立してしまう現代においては「健康」以外の身体を動かす新しい目的を作り出していかなければなりません。

フェイスブックの創業者、マーク・ザッカーバーグも、有名なハーバード大学のスピーチで、生きる目的、働く目的など、目的そのものが失われつつある現代においては、誰もが目的意識を持つ世界を創造することが、自分たち世代の最大の挑戦なのだとして次のように述べています。

「私の大好きな話があります。ケネディ大統領がNASA宇宙センターを訪問したとき、ほうきを持った用務員の男性を見つけて、何をしているのかと尋ねました。男性はこう答えました。『大統領、私は人類を月に運ぶ手伝いをしています』目的とは、自分よりも大きいものの一部であるという感覚です。」

これは身体を動かすことも同じことで、身体を動かす目的が「健康になるため」というだけでは、目的意識が弱すぎる気がします。

「年齢を重ねてもかっこいい服を着こなしたい。」、「歩く時間を増やすことで、もっと街を知りたい。」、「100kmマラソンを通じて、自分の精神的限界に挑戦したい」など、健康以上の大きな目的と繋がった時、誰もが心身ともに健康で暮らせる世の中が来ると僕は信じています。

僕たちは人間の動作をデータ化するインソール型デバイスをつくっていますが、データの「見える化」よりも大切なことは、目的意識の「話せる化」です。

今回、山手線一周に参加してみて、完走することよりも知らない知識を得たこと、こうした小ネタを他の人に伝えたくなる気持ちの方が重要だと感じました。

ベテラン・ランナーの方に、衣・食・住、全ての物資を背負って7日間、サハラ砂漠を250km走るレースがあると聞いて、サハラ砂漠を走ったという小ネタを持ちたいという目的を持って走るのはとても面白そうだと思いました。

42キロ走ろう!ではなく、新しい目的があるよ!新しい小ネタができるよ!ということが自分の原動力となりそうです。



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