一流のプロフェッショナルに触れる  ~国際協力の仕事から得た学び~

2019年10月国連高騰難民弁務官長官やJICA理事長を歴任した緒方貞子氏が亡くなった。グローバル化、ワークライフバランスなんて言葉が平成の一時代に一世を風靡するずっと前から、時代の要請を踏まえながらも自身の心の声に素直に従い、自分の道を切り開いていったカッコいい女性。

「小さな巨人」という誰がつけたかわからない呼び名はまさに言いえて妙。JICA在職時の4年ほど前にとある会食に同席した。現れただけで見えない存在感に背筋が伸び、話す口調は穏やかながら本質を突く鋭さがあり、流ちょうな英語はどれも品のある表現ばかり。質の良い生地でしつらえた淡いグレーのスーツにブローチ、指先は薄いピンクのネイルが施され、オシャレに気を遣う方であることもすぐにわかった。体の大きさに似合わず、その日もやや遠慮気味の取り巻きをよそに日本酒をグビグビのみコース料理もペロッとたいらげた。80代後半とは思えない「小さな巨人」のエネルギーにただただ圧倒された。

よい仕事をするためにはよく勉強・研究すること、人生は長いから遠回りは問題なし、仕事ばかりではなく家庭生活やオシャレを楽しみなさいよ、というメッセージをもらったような気がした。

もう一人忘れられないのがタイ王国外務大臣、ASEAN事務総長を歴任した故スリン・ピッスワンさんだ。緒方さんとスリンさんは旧知の中で、スリンさんがASEAN事務総長を退任し「無職」だったとき、緒方さんの誘いで国連人間の安全保障委員会の委員に就任したエピソードもあると聞く。私はこの二人の会談と会食に同席したが、たった4年前の出来事であるのにすでに二人とも他界されているとはとても寂しく今でも信じられない。

スリンさんとはJICAの出張でパキスタンとエジプト出張を共にした。JICA事業のサイト訪問や、受入国側のアレンジで主要な文化施設やハイレベルとの対談予定がビッシリと入っているにもかかわらず、夜の会食では世界情勢や教育問題について熱く語り、朝はアポイントの前に遺跡見学に出かけ寸暇を惜しんで歴史を学ぼうとされていた。偉ぶることもなく立場や身分に関係なく人に平等に接し、温かい人柄に魅了されたが、一番驚きべきは仕事の質へのこだわりだ。とある講演30分前、会場に向かう車中で突然私に対し参照したい資料をプリントアウトしてほしいと依頼された。ネット環境もなく慌てたが100枚近い資料を何とかお渡しすると、直前まで読み込まれ発表開始30秒前まで内容を推敲していた。自分や自分の仕事に限界を設けず最後まで最良の仕事をしようとする職人魂に触れ、私の心に強く響いた。

「JICAの仕事を通じて何が得られるのか?学びは何か?」と質問を受ければ、私は真っ先に「一流のプロフェッショナルとの出会い」と答えるだろう。開発協力のための知識や技術、語学力は二の次だ。一流と呼ばれる人のとなりにそっと立ち、オーラを感じ、同じ空気を吸うだけで学べる姿勢や心意気がある。スキルは自分でいくらでも磨けるが、これだけはその人の近くにいなければ触れられない。若手社会人に最もお勧めしたいのは、自分の決めた分野で一流と呼ばれている人に(いやらしさが出ず、できる限り自然な形で)近づくこと、ただそれだけだ。


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