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表と裏にまつわる話

浮世舞台の花道じゃないですが、私がメインで扱っているエンブロイダリーレースには、表もあれば裏もあります。

業界の表と裏という意味での話になると、ややこしい内容になりますので書けません。言葉通りのレースの表側と裏側のお話しです。

エンブロイダリーレースを刺繍する際の原材料は、生地と表糸と裏糸です。レースの表の面は表糸を使う側で、裏の面は裏糸を使う側の事です。表糸は柄を表現する糸で、裏糸は表糸を裏側に引き込み、生地と表糸を接合させる役割というイメージです。

裏糸は表糸よりも細い物を使い、色は基本的には表糸の同系色で、ややうすめが理想です。刺繍のバランスとしては、表糸と裏糸のバランスは7:3位が良くて・・・等々ですが、とにかく表と裏の見え方は違い、表がきれいに見える様に作られているという事だけ覚えておいてくださいね。

だいぶ昔の事ですが、とある新規得意先の商社から、ブラウスの生地として使用する刺繍レースを約1,500m受注しました。大手アパレルの大きなブランドの製品になるとの事で、注文がとれた喜びも大きい物でした。レースも順調に仕上がり、納期通りに納品は完了しました。

そのレースがブラウスとして縫製され、百貨店の店頭に並んだ際には、資料として1着購入しました。レース工場の人たちにも見てもらいたかったですので。

しかし、後で開いてよく見てみると、レースが表裏間違って使われているのです。基本的にエンブロイダリーレースは外表巻きで(表側を外にして芯に巻くという事です)ラベルにも外表と表示されます。しかしこの時はその表示に沿った裁断・縫製がなされていなかったわけです。レースの出荷の際に、表と裏を間違えて巻いて出してしまった可能性もゼロではありませんが・・・。何とも悲しく恐怖な気持ちでした。

仮にこの時のブラウスの要尺が2mだったとすれば、約750着作られているのです。確かブラウスの売値が13,000円くらいでしたので、すべて間違っているならば、結構スケールの大きな間違いです。さすがに得意先の商社に伝える言葉が見つかりませんでしたので、何も見なかったことにしました。そして月日は15年程すぎて、その経験の記憶もだいぶ薄くなりました。

もし仮にそのことを伝えていたら、どうなっていたでしょう。ブラウスの作り直しの為に、もう一度1,500mの注文がもらえてウハウハだったでしょうか。それとも、お前のところが裏表間違えて巻いたんじゃないのか?と疑われ、クレームの半分くらい負担させられたのでしょうか。

仕事柄、百貨店でレースの衣料品売り場をよく見ます。レースの付いた商品は特にしっかりと見ています。表裏が間違っている物もたまにあります。店の人に伝えてあげるべきかどうか正直迷います。かなりの値段のものもありますし。伝えることによって、ものすごい責任を取らされる人もいるかもしれません。言わなければ、裏表の間違ったレース生地で作られた数万円の洋服を着る人も出てくるわけですし。

レースの生産工程は大変長く、色々な作業を色々な人が行い、完成・出荷されます。どこかに連絡ミスや見落としが発生しても商品は思い通りに仕上がりません。生産を依頼する自分の単純なミスで、多くの人に迷惑をかけてしまったり、大きな損害を与えてしまう危険性とも常にとなり合わせです。一歩間違えば、個人として大変な額のクレームを背負う事になるわけです。

この裏表の出来事を思い出して、さらに文章にしてみて、改めてレース業界で独立して仕事を始めた自分としては、企画・営業部分の役割に責任を持ち、気を引き締めて仕事をしなくてはと思うのでした。裏表の違ったブラウスを着た可能性のある750人くらいの人を思いながら・・・。





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