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🇧🇬冬の結婚式 Сватбите в Рибново

冬の結婚式 Сватбите в Рибново はブルガリアでポマクと呼ばれるイスラム教徒、その中でもごく一部の地域に古くから伝わる婚礼の儀式。このとても珍しい婚礼の儀式を数年前にAFPBB Newsのツイッターで目にした。なんてエキゾチックで不思議な雰囲気が漂う花嫁の姿なんだろう……その好奇心からネットで調べたりブルガリアの友人に質問したりしているうちに「できればいつか自分の目で見てみたい」とぼんやりと思うようになった。そして今年もまた同ツイッターで“冬の結婚式”が行われたと知った。

コロナで全く身動きが取れず、このnoteも「旅に行けるようになったら」の妄想ばかりだけど「いつか自分の目でこの伝統的な婚礼の儀式を見れますように」と願掛けのような気持ちで今まで調べたことをnoteに書いてみることにした。


ブルガリア語を話すイスラム教徒ポマク

ブルガリアは東方キリスト教圏でありながら、イスラム教徒が人口の12%を占めるEUで唯一の国。 ポマクと呼ばれるブルガリア語を話すイスラム教徒の人々が約20万人暮らしている。 “冬の結婚式” はポマクの中でもごく一部のリブノボ村と南部の村の2ヶ所のみで行われている。

ブルガリアの友人に冬の結婚式を知っているかたずねてみると「この結婚式のことは知ってるけど、ブルガリアの中ではあんまり有名じゃない。リブノボという小さい村でしか行われないと思う」と教えてくれた。

リブノボ村 Рибново

リブノボ村はブルガリア南西部、首都ソフィアから車で約3時間の山間部にある、冬は雪深い人里離れた土地。人口は約3500人、2つのモスクに10人の聖職者がいる。リブノボ村の住民は主にタバコと農業で生計を立ているが、この小さな村の産業だけでは収入が乏しい。そのため働き盛りの男性はブルガリアの都市や西ヨーロッパの各都市に出稼ぎに出ている。出稼ぎの目的には “冬の結婚式” にかかる莫大な資金を稼ぐためという男性もいる。外部交流の少ない閉鎖的なリブノボ村の人々(特に外に出る機会の少ない女性)は他の土地の人と結婚することはほとんどないそうだ。

ソフィアからリブノボ村まで車で片道3時間。思っていたより近い印象だが山間部なので冬の道のりは厳しいかも?

冬の結婚式 Сватбите в Рибново

冬の結婚式の儀式は2日間に渡って行われる。今は出稼ぎの職種も増え変化もあると思うが、昔の出稼ぎは農産業や畜産業が主要だった。冬の閑散期、クリスマス近くになると賃金を受け取った男性たちは出稼ぎから村に帰省する。この村で結婚式が “冬“ に行われる理由はそこにあるのだろうか。

豪華な嫁入り道具のお披露目から始まり、スパンコールなど装飾を用いた色とりどりの化粧  лепене на гелинаが花嫁に施される。伝統、儀式、色彩に満ちた2日間の結婚式を終え、新居に戻ると、新郎が花嫁の化粧をミルクで洗い落とす。一部の民俗学者の説によると化粧を施し新郎が落とすこの一連の風習は花嫁が処女から家庭生活に移行することを表しているのではないかという。

共産主義による弾圧からの復活

1970年代、宗教的儀式を容認しなかった共産主義政権は、イスラム教徒をキリスト教(正教会)に改宗させようと弾圧した。そのため 冬の結婚式も行うことができなくなった。1989年に共産主義が崩壊し、一部の地域のポマクの間でこの古い儀式が復活した。

伝統の継承と変化

しかし、今は古いスタイルの 冬の結婚式を望まないリブノボ村の若い女性も増えていると言う。日本でも信仰とは関係ない様式の結婚式が当たり前。冠婚葬祭の変化は世界共通なのかもしれない。

厳格なイスラム教徒の女性たちは生活の様々な面で自由がないと聞く。自分たちが望む相手、結婚式をあげられる人がどれくらいいるのだろうか。婚礼に限らず自由、アイデンティティと伝統、全てを維持するというのは考えれば考えるほど難しい。

最後にブルガリアの友人Eleさんから年始の挨拶に届いた美しいヴィトシャ山(たぶん)を。