認知科学・現代思想・日本文化論
ダイアグラム思想は3つの要素と要素間の重なりによって成り立っている。
認知科学(Cognitive Science)とは、人間の心や知能がどのように機能するかを総合的に探究する学問である。心理学、哲学、神経科学、言語学、人工知能(AI)、人類学など、さまざまな分野の知見を横断的に組み合わせることで知覚、記憶、学習、意思決定、言語などの認知プロセスを明らかにしようとしている学際的な学問だ。
認知科学とダイアグラムの関係はとても深い。とはいえ認知科学の中心は言語と身体性にある。言語がどのように認知プロセスに組み込まれているのか、言語と身体性の関係がどのような思考プロセスに影響を与えるのかなどのテーマに対して、ダイアグラムが言語に置き換わる可能性について広がりを見せている。
人類はヒエログリフに残された言語が生まれてから約5,400年が経った今でも言語中心主義に依存している。しかし、社会や技術の発展とともに、あまりにも見えない仕組みが増えすぎてしまった。例えば、クラウドやAIなどに代表されるITの仕組みや、高度な技術を必要とするハード機器の仕組みは言語だけではあらわすことができないレベルまで複雑化している。認知科学におけるダイアグラムの役割を探求することで脱・言語中心主義の可能性を見出したい。言語の中心からはみ出した領域にこそダイアグラムという思想を埋め込むのだ。注意したいのはダイアグラムが言語に置き換わるという主張をしたいわけではない。言語を中心に展開するコミュニケーションや思考に警鐘を鳴らすために「ちょっと言語から中心をズラそう」という試みであるのだ。
現代思想とは、20世紀以降に登場した、社会や人間、世界についての新しい哲学の在り方を指す。伝統的な哲学が「普遍的な真理」を探求することを目的としたのに対し、科学技術の発展、二度の世界大戦、植民地支配の崩壊など、急激な社会変化に直面した結果、問いを変化せざるを得なかったのだ。「構造主義」を論じたレヴィ=ストロースの『親族の基本構造』や、『悲しき熱帯』による発表により、西欧中心主義からの脱却が始まった。
現代思想のを支える特徴の一つは、従来の中心や普遍性を疑う批判的な視点である。例えば、ジャック・デリダの「脱構築」は、言葉や概念が持つ曖昧さを示し、固定された意味や価値を相対化した。ダイアグラムは非常に現代思想との相性がよく、脱構築の補助をしてくれる。
例えば、都会と田舎という偏りのあるテーマでもダイアグラムで多視点から構造化して可視化することによって、次のように二項対立の関係をラテラルに脱構築することができる。これらのダイアグラムはほんの一例でしかない。
最後に日本文化論とは、日本の文化や精神性を明らかにするため、日本独自の価値観や美意識を分析し、その特質を探る学問や議論を指す。他国との比較を通じて、日本の文化的独自性を考察するケースもあり、文学、哲学、美術、自然、宗教など多岐にわたるテーマを扱う。
例えば、日本の思想家である九鬼周造は、日本文化の美意識を哲学的に探求した代表的な論者で、『「いき」の構造』で江戸時代の都市文化に根付いた「いき」という美意識を分析している。また、鈴木大拙は、日本の禅文化を世界に紹介した仏教思想家であり、欧米に対し『禅と日本文化』を通じて、日本人の精神性の基盤として禅の思想を位置づけた。
ダイアグラムも多大にそのような日本文化の影響を受けている。日本の国宝には絵画というカテゴリが存在する。しかし、絵画カテゴリの貯蔵品166点のうち、名前に「図」がつく作品の数は76点となり、「絵」や「画」がつく作品よりも圧倒的に多い。(重複あり)このことからも日本人がどれだけダイアグラムに慣れ親しみ、イラストとは異なり、意思と主体と構造が欠かせない「図」を後世に遺そうとしたのかがうかがい知れる。
今後はじっくりと認知科学、現代思想、日本文化論から成るダイアグラム思想について、ときには全体俯瞰し、ときには分解しながら紐解いていく。
ダイアグラム思考 ver.2024についてはこちらの記事で詳しく解説しています。
さらに図解に興味が出た方は書籍『ダイアグラム思考』を手に取ってみてください。