他人の感情を想像する癖


無口な人が苦手だった
喜怒哀楽、怒と哀が出過ぎてる人といるのは戸惑うだろうけど、喜も楽も無表情でわからない人は、私が予想するしかないと思っていた


私の父親は無口で、
一緒の家に住んでいても会話が3ヶ月に一回あるかないか、
3ラリー以上続いた記憶もなく
誕生日におめでとうと言われることもない


話していて基本相槌もされない
私の言動全てを拾ってくれるわけじゃないから
私の独り言?無視?と錯覚する
話していて楽しくもない、感情もわからない、
傷つく場合が多い
会話しようと思えなくてハードルが高い



携帯料金が10万円超えたときは笑っていて
テレビのチャンネルを、見てなさそうだったから勝手に変えたらものを投げつけられ怒られた


怒りの沸点がわからなかった
怒られるのは嫌いだ
だから感情を予想するようになった

わかるわけがないのにね
こんな風に過ごしてたから実家は好きじゃなかった
今思えば父親がいると私は緊張状態だったかもしれない


無口な人が苦手だった
無口な人と接すると自分が傷つく


でも同時に心配もあった
生きてて楽しいのか、感情があんまり出ないって大丈夫なんか、学校とか集団の場で無口で大人しい人を見ると
楽しんでるんだろうか?会話に入れなくて傷ついてるんだろうか?
何もわからないのに気になってしょうがなかった

気を遣った
こちらから歩み寄り気を遣った
何でこんなことしないといけないの?
めんどくさい、うざい、
なんにも気にせずノリが合う人とだけワイワイすればいいのに
楽しいのか?傷ついてるのか?不安になる

苛立ちや心配や不安や緊張や気遣い
自分の感情もごちゃごちゃになるから
無口な、大人しい人は苦手だった

今は少しだけ
みんな違ってみんないいと
思えるようになった
そして、人の感情はその人の責任

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