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海と人の恩恵を 次世代につなぐ 南伊勢ー丸久水産 岸本 和真さん

地域を語るには、その地に暮らす人を知るのが一番。海の町に生まれ、面白いことを探し、たどり着いた三重県南伊勢町奈屋浦。国内最大級の生簀内で十分に生育させた養殖マグロを、一本釣りで揚げてから約90秒で下処理したマグロは鮮度抜群。旨みを最大限に引き出し<みえまぐろ>のブランド名でマグロ養殖業を営む丸久水産が、岸本和真さんの主戦場。志摩で生まれ、親にも、先生にも、友達にも恵まれた幼少期。 “人に恵まれたヤツが勝ち“と話す岸本和真さん。けれど和真さんこそ、一度会うとその人柄と熱量に引き込まれてしまう、その秘密を探ります。

なんかおもろいことを

ーー和真さんの家は代々漁師をされていたんですか?

僕のうちは、志摩市の安乗(あのり)という海の町で、船を手で漕いでいくような時代からまき網漁をしていたんです。二代目はアオサノリ養殖をやっていて、三代目のじいちゃんは僕が小学6年生ぐらいまで蒲鉾(かまぼこ)屋をやってたんだけど、じいちゃんの体調が悪くなって父ちゃん一人では厳しいからと蒲鉾屋は畳んだんです。

みえまぐろは注文毎に生簀から釣り上げ、船体で即座にエラと内臓を除去。この間の流れは約90秒とスピーディー。

ーー和真さんもその影響で漁師を目指していたんでしょうか?

もともと魚釣りとか海が好きやったけど、高校を卒業して就職した山崎製パンでは洋菓子の担当でケーキや、そうそう<まるごとバナナ>も作ってた。そこも辞めて地元の給食センターで3年働いて、調理師免許も持ってる。
でも、海の近くでなんか面白いことないかなっていうのを探りながら……。ちょうど母親が安乗の外湾漁協で働いていて、安乗でヨコワ(マグロの稚魚)を買い付けるのにやってくれる人がおらんかなって……。僕、船の免許も持ってたからやってみようと思って、ヨコワの受け取りのバイトをやり出したのがきっかけ。そのままバイトから就職し、7年ぐらいおって、丸久水産で当時親方をしていた人に誘われて、こっちに移籍した。

ーー調理師免許も持ってるんですか! 

料理が楽しかったかな。外食するようになっていろんな味を覚えると、同じ食材を使うなら美味しい方がいいなって思うようになった。給食はもちろん栄養士さんが作ったレシピはあるけど、味付けは度が過ぎない限りは調整してもいいよっていう話だったので、僕の作った給食は子供らに人気やったよ、自分で言うのもなんやけど。笑

陸上では日々網の手入れ作業もあり、従業員みんなで養殖の準備やメンテナンスを行う

人に学ぶ、人を学ぶ

ーー和真さんと話していると、しっかり自分の意見をお持ちのように感じます。誰か影響を受けた人はいますか?

ちっちゃい時の影響って、第一が親やんか。その次って学校の友達とか先生で……。当時はわからんかったけど、自分は友達にも学校の先生にも親にも恵まれたと、今振り返って思う。中学校も田舎の狭い小さな学校だったけど恵まれたかなって思う。でも高校はそれまでが良かったのもあるけど、先生も友達ともうまくかみ合わへん部分とかもあって……。
大人になるにつれて余計思うけど、人に恵まれたヤツが勝ちやんか。いい人間にどれだけ出会えるか。実際、仕事なんてなんでもいいやん。暮らしてけるだけのお金もらえて、人に恵まれて楽しく定年までやれたら、どんな職種だって良くない? でもやっぱり自分が誰からも好かれる人間になれるようにならな、どこ行ってもうまくいかんと思うし……。小さなうちからそういう人間になれるような基板を教えてくれる先生や周りの大人は、ものすごい重要だなって思う。

50kg以上の個体のみを選別。一貫した管理システムのもと、出荷までの流れは非常にスムーズ。

―和真さんを見ていると、バランスをとる部分が強いなと思っていました。

昔の人の考え方だったり根性論だったり、メリハリがあったりの部分はすごくいいと感じる。でも悪い部分、余計なわけ分からん地元のルールとか、新しく何か始めようとすると足を引っ張るようなことが多いと思う。それはその世代の人らが引退していくにつれて無くなっていけばいいことやと思うし、無理やり僕らが引き継ぐようなルールでもない。そんなことよりも、いいことをどんどん吸収して、自分らも下の子に伝えてみたいなことが、増えてけばいいかな。

―和真さんは教えるのがすごく上手だなと感じました。丸久の中でも指導する立場というのがあったんですね。

結局それも人の勉強というか、こういうタイプにはこういう教え方しないと伝わらんなとかいろいろ出てくる。覚えが早い子はすぐにものになると思うけど、逆に教えんのが下手くそだったり・・・。習得に時間がかかった子の方が自分もうまくいかなかったことが経験につながってるから、うまくやれない子に上手に教えられる。ハナから出来る子はなんでそれが出来へんのかが分からん。

―必ずしも早く覚えればいいってわけじゃないんですね

漁師の悪い風習で、これまで親や親戚のコネでイチ従業員で入ってイチ従業員で終わってくみたいな子が多かった。でも会社としてはやる気のある若い子を入れて、前ノメリで優秀な子を船長にしたい。けどそれが、なかなかおらんかったし、変化がなかった。でも透弥(とうや)みたいに、県外からきた子でもどんどんやる気がある子がモノになってく。

2023年に大阪からTRITON PROJECTを通して丸久水産の担い手として就業した野口透弥さん

伝えていく役割

ーー透弥くんはこの春2年目になりましたね

すごいよ、あいつ。やる気があるし、仕事に向かう姿勢もいい!透弥はまだ2年目やけど、僕にいちいち聞かずに新しく入ってきたきた子にも自分なりに考えて教えることができる。だから、あいつには仕事をどんどん課してこうかと思ってる。僕の技術は全部教えるし、僕を超えていけよって……。生簀の網も僕が潜って直してるけど、めっちゃデカいし深いから、透弥にもやってもらおうと思ってる。

マグロの生簀は一番深いところでは50mに達する。海中での網直しは体への負担もある大変な作業

ーーでは、和真さんがみていて漁師として続けていくためには何が大事だと思いますか?

もちろん海が好きっていう根本的なものは大事やと思うんやけど、人と上手く接する、その配慮ができる人間は大事なんじゃないかな。冗談うまい人とか頭の回転早い人はやっぱり仕事できるやん。人として成長していこうという姿勢が大事なんじゃないかなと思う。あとは、その中で楽しめること。

ーー人を動かす立場になって、仕事の見え方が変わっていったんですか?

結局、我々の役割って、技術だけじゃなく精神面でも人として大事なことを伝えて育てることやんか。それをずっと継続してくれるような後継者を、できたら子どものうちからそういう考え方を持った子を育てたい。だから世代が変わって、その子らが僕らの立場になった時に、今僕らがやってる仕事よりももう一つレベルが上がってほしい。
それがちょっとずつでも上がっていけば、僕の孫の代とかにまたマグロ養殖でもレベルが上がってるわけで。そのためには古き良きものは継続して伝えていけばいいし、古くて邪魔な考え方とかルールはどんどんその世代で切り落としていかなきゃいかん。その<ええとこどり>を優秀な後継者、やる気のある後継者に伝えて、うまい具合にやってかなきゃなって思う。

ーー和真さんはお子さんも2人いらっしゃいますが、どんな町にして行きたいなとかどんな水産業にしたいとかイメージがあったりしますか?

ちっちゃい子は親が全てやから、そこがキモやね。失敗がアカンっていう親やったら失敗を避けるようになると思うし、失敗しても失敗したあとに何が悪かったかとか、どうやったらうまくかとか考えさせるような、そういう家庭で育った子って、どんどんポジティブになっていく。子どもたちがここで働きたい、地元残りたい、お父さんみたいになりたいとか、どこどこのおっちゃんみたいになりたいとかっていうのが一番理想なんじゃないかな。

職場に従業員の子どもたちが遊びにくることもしばしば

―では最後に、和真さんの今後の夢は?

<みえまぐろ>は、名古屋駅の「三重人」と、伊勢神宮近くの鈴木水産で食べることができるけど、地元では食べることがないんで、地元でも<みえまぐろ>を食べられるようにしたいね。見学にもどんどん来てほしい。今度、うちんとこの生簀一緒に潜ろうや。笑

和真さんと話していると、気分が上がる。何かできそうな気になるし、たぶん何かができる。和真さんに会いに、ぜひ南伊勢へ。




和真さんが働いている三重県マグロ養殖 
有限会社 丸久水産の<みえまぐろ>

(有)丸久水産が保有するまき網船団で、天然のアジ・サバ・イワシを漁獲。獲れたて高鮮度のイワシやアジを餌料としてマグロに与えている。国内最大級の直径60m、最大水深50mの大型生簀内で、ゆったりと低密度養殖を行ったみえまぐろは、養殖マグロの中でも天然物に近い味だと仲買人も評価。一本釣りでの取揚げ、船体で即座にエラと内臓を除去する流れは約90秒とスピーディー。他社が3年飼育出荷するところを、4年から5年間飼育することで、より成育し、マグロ本来の脂の乗り、赤身の鮮やかさ、旨みを最大限に引き出す。


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