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仮想空間で漁業を営む

今回は以下の論文について、説明したいと思います。
Simulation of the capture process in set net fishing using a fish-schooling behavior model
Yuki Takahashi, Kazuyoshi Komeyama
Fisheries Science 86(6) 971-983 2020年


定置網漁業とは?

この研究は、「定置網漁業」という漁業を研究対象にしています。

下の図は定置網漁業の操業概念図です。

定置網の操業概念図。魚はまず垣網に遭遇し、網を伝って運動場に入網する。その後、箱網に誘導される。箱網に入網した魚を漁業者は漁獲する。

定置網漁業は、大型の網を海の中に設置しておいて、その網に魚が入ってくるのを待つ漁業です。

漁業者は1日に1回か2回程度、箱網に集まった魚を漁獲します。

この定置網にはいくつかメリットがあります。

一つは、定置網が設置される海域は沿岸域(陸から近い場所)が多く、比較的短時間で漁獲場所に到着できます。

そのため、漁船の燃料の消費量が小さく、環境にやさしい漁業と言えます。

加えて、魚が自然と入ってくるのを待つ漁業ですので、網を使用して一網打尽に魚を獲るような漁業と比較して、魚を獲りすぎず天然の魚を保護しやすい漁業ともいわれています。

上記のようなメリットから、特に環境への負荷の軽減が注目される昨今、定置網漁業の注目度は上がっています。

一方で、デメリットもあります。

それは、「漁獲のコントロールが難しい」という点です。

例えば、最近道南では小型のクロマグロが入網してしまう事が問題となっています。

クロマグロはもちろん非常に価値が高い魚種で、入ってきてくれたらありがたいように感じますが、資源管理によって漁獲できる量が制限されています。

しかし、定置網で入網してしまった魚を逃がすのは難しいです。

そのため、漁獲量が制限されている魚種については、定置網漁業者は漁獲されたものを逃がす必要があったりするため、操業が非効率的になってしまいます。

仮想空間での定置網シミュレーション

定置網形状によって特定の魚種の漁獲量をコントロールできれば、上記のような問題を解決できます。

極端な話、
・ブリだけが入網するような定置網
・クロマグロ小型魚だけが逃避するような定置網

が設計できれば理想的です。

様々な形状の定置網を用意して、実際に漁獲量がどうなるかを試すことができればいいのですが、

・定置網は非常に大きい漁具であり、色々な形状の定置網を用意・設置するのにお金がかかる
・実験には非常に長い時間がかかる

といった課題があります。

つまり、下の記事のクロマグロの研究と同じ課題を抱えています。

そこで、この研究では以下のようなプロセスで研究を進めました。

①魚の遊泳モデル(Boidモデル)を作成
②仮想空間で定置網を作成し、作製した魚の遊泳モデルを泳がせる
③上記のシミュレーションを、定置網形状を変更して実施
④形状毎に漁獲量を観察し、漁獲量と定置網形状の関係を考察

定置網の形状と漁獲量の関係

ここでは、以下の入口網の角度に着目しました。

入口網は、定置網に入網する最初の部分で、重要な箇所だと考えられます。

ここでは、この角度を以下のように60°と90°に変更してシミュレーションを行いました。

定置網の上面図(真上から見た図)。ここでは、入口網の角度を60°と90°に変更して、漁獲傾向にどのような傾向が表れるかをシミュレーションした。

以下がシミュレーションの様子です。

まず、入口網の角度を60°に設定しています。
ここでは、20個体の魚を対象としています。

半分程度の個体が入網しているのが分かると思います。

続いて、90°に設定した場合のシミュレーション結果です。

60°の時と違って、90°にした場合は、入口が広くなる関係上、運動場に入網した後に、箱網に入網せず網外に逃避した個体も見られました。

では、どっちの角度がいいのか?

最後に重要なのが、「どっちの角度が適当なのか?」という点ですが、この一回のシミュレーションだけで、は判別が難しいことも分かると思います。

今回の魚の遊泳モデルには、ランダムな行動も考慮していて、じつはやるたびに結果が変わってきます。

そこで、このようなシミュレーションを500回行って、全結果の
・入網しなかった割合
・入網したが逃避した割合
・入網したが箱網に入網しなかった割合
・箱網に入網し、漁獲された割合
の割合を角度ごとに計算しました。
(このような手法をモンテカルロシミュレーションといいます)

その結果をグラフにしたのが、以下の図です。

入口網が60°と90°の時のシミュレーションの結果。各行動の割合を棒グラフに示している。

この結果、入口網の角度が60°の時の方が、多くの魚が箱網に入網した(=漁獲された)ということが分かります。

60°の時と90°の時を比較すると、そもそも網に入網しなかった魚の数というのは、それほど差はなかったといえます。

しかし、90°の時は入網した後逃避した個体が、60°の時と比較して多いことも見て取れます。

そのため、魚の入網しやすさと逃避のしにくさのバランスが取れていた60°の時の方が漁獲量は大きくなったと考えました。

研究を終えて

このように、定置網形状と漁獲量の関係を可視化することで、
・漁獲量を最大にする網形状は?
・特定の魚種の逃避を促す網形状は?

といった問を解決できるのではないかと期待しています。

この研究はまだまだスタートしたばかりで、実用化までに課題がたくさんあります。

その一つが、クロマグロの生簀網の記事でも記載したように、
「実際の現象を再現できているか?」
にあります。

そのためには、実際の魚の遊泳行動をしっかりと計測していく必要があります。

もし、魚の行動を正確に再現することができれば、定置網だけでなく様々な漁業種に対してもシミュレーションできると考えており、これまでにない視点からの漁具設計になるものと期待しています。

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