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養殖生産と「マーケットイン」って相性悪くないですか?

「マーケットイン」ってなに?

最近水産庁がいろんなところで掲げているのが、「マーケットイン型養殖業」への転換を推進しようという指針です。水産庁のページでは以下のように定義されています。

国内外の地域の需要に応じた養殖品目や利用形態の質・量の情報を能動的に入手し、その需要に対し定質・定量・定価格の養殖生産物の供給を可能とする計画的な生産を行う経営体又はその経営体を含む事業グループが行う養殖業を言う。

(3)マーケットインの取組を促進する行政の取組

具体的には、以下のような取り組みを支援するそうです。

  • 産地でのフィレ加工、消費者に好まれる出荷サイズ・時期のコントロール

  • 市場で高い評価を受ける養殖魚の生産技術の高度化や優良系統の作出

  • 輸出拡大に必要な養殖魚の品質保持技術の実用化に向けた取組

  • 生産・販売体制を見直し、地域の養殖業の収益性を向上

  • 大規模沖合養殖システムの導入や新技術を用いた協業化の促進

背景にあるのは魚食離れと人口減少

日本は世界でも有数の好漁場に恵まれ、古くから多種多様な旬の魚介類を利用してきました。かつては世界一の漁獲量・世界一の魚の消費量を誇る水産大国だった日本ですが、今では人口減少や食習慣の変化等に伴い、魚の消費量は減少傾向にあります。世界では成長産業の養殖業はこの国では斜陽産業だと思われています。若い人も入ってこないし、現場は高齢化が進むばかり。統廃合も相次いでいます。そうした背景から水産庁が指針として示し始めたのが「マーケットイン」なわけですね。乱暴にいってしまえば「作れば売れるという発想で魚を作ってるから売れないんだよ」というわけです。

マーケットインvsプロダクトアウト

養殖業=マーケットインは無理がある

基本的な指針や取り組み内容はどれも素晴らしいと思うし、理にも適っているように思います。ただ、そこであえて一石投じてみようじゃないかというのが今回のnoteの趣旨です。結論から書くと、僕は「養殖生産ではマーケットインのことは一度忘れてしまうくらいの方がいいのではないか」と考えています。

もう少し語弊がないように書くと、養殖業では生産と加工・販売でプロセスを切り分け、両者で考え方を切り替える方がうまくいくんじゃないかと思っています。
・生産プロセス → プロダクトアウト
・加工・販売プロセス → マーケットイン

何でもかんでも「マーケットイン」にすべきだ!というのは、さすがにワンパターンすぎやしないかと思うわけです。

時間軸のズレ

僕が養殖の生産プロセスを「プロダクトアウト」に振り切るべきだと考える最大の理由は「時間軸を無視しているから」です。基本的には養殖には時間がかかります。育てるというのは時間をかけるということです。エビなら3~4カ月で出荷できますが、大抵の魚種は養殖するのに2~3年かかります。つまりリードタイムが長すぎるのです。

この時、生産者が考えないといけないのは「今」のマーケットではありません。考えるべきなのは「未来」のマーケットです。

今のマーケットに合わせると損をする

たとえば、「サバを養殖するとアニサキスの心配がない」という触れ込みで養殖サバが市場で高く評価されたとしましょう。魚価も上がり、マーケットインの好事例だともてはやされる。水産庁もマーケットインでサバを養殖するのが、養殖の成長産業化の柱だと言い始めるとしましょう。そうすると何が起こると思いますか?

2~3年後、サバの魚価は大暴落します。

日本は少量多品種で生産してリスクヘッジする生産者が多いです。ちょっとサバをやってみようと思う人が増えれば、n=1では数千尾~数万尾のサバが市場に増えるということは簡単に起こります。そしてこのブームが盛り上がれば盛り上がるほど、サバを養殖する人も養殖尾数も増えます。

他方、日本の人口は減っていきます。人口動態を見れば2年後に何万人減っているかはかなり高い確度で予測できます。しかもサバのブームは「今」のマーケットがホットなだけ。その人気が未来永劫続く保証はどこにもありません。2年後はカンパチがブームかもしれません。天然サバのアニサキスを100%殺せる技術が開発されて、安い天然サバの方が人気になるかもしれません。

魚の魚価は「需要と供給の関係性」で決まります。マクロ経済学の基本です。魚はブランド品ではありません。消費財です。需要は減るのに供給は増える。魚価が上がるシナリオは想定しづらいんです。魚価が上がらなければ損を抱えたまま魚を投げ売りする選択肢しかなくなります。

国や漁協の生産統制は機能しない

この状況を未然に防ぐためには、国や漁協が生産統制を効かせ、養殖尾数にキャップを設ける必要があります。つまり「マーケットイン」な魚種の養殖を意図的に制限すべきと僕は考えているわけです。しかし、この時も「マーケットイン」一辺倒な指針展開をしていることが足を引っ張ります。

統制しようと思ってもなかなか簡単なことではありません。漁協が強い力を持っているような地域はさほど多くないように思います。それに水の中は見えません。システム化も遅れています。だから各生産者が在池尾数なんていくらでも「いい感じ」に報告できるのです。誰も把握できなければ、誰も魚価をコントロールできません。

こうして「マーケットイン」な養殖の推進により個々の企業・個人が利益を最大化しようとすることで全体の利益が損なわれ、市場は泥沼化します。これではただの焼畑農業です。3年という時間をかけて収益性が見込めない養殖魚種が1つ増えるだけです。

漁業経営安定対策の功罪

国はこういう事態を防ぐために「漁業経営安定対策」を用意しています。養殖業の経営安定のためには非常に意義深い取り組みなのですが、このケースでは残念なことに、こういった制度が課題の本質を見えなくさせます。

漁業経営安定対策のしくみ

あくまでも対症療法的にお金をばら撒いただけですので、問題の構造は解消されていません。だから同じことを繰り返すことになります。

儲けは売価ではなく、原価低減で出す

マーケットインの考え方を養殖生産に持ち込むときに気を付けないといけないのは「手塩にかけて付加価値の高い魚を作れば、高く売れるはずだ」という発想にならないようにするということです。価格のロジックについてはこのnoteでも書いてます。

売値は基本的には需給で決まります。無限に上げられるわけではないし、魚は消費財・食品です。エンゲル係数の上限幅には厳しいキャップがあります。だから市場価格や浜値を生産者がコントールすることはできません。
利益=売値-原価
そうすると生産部門が集中すべきなのは、自ずと売値ではなく、徹底的に原価を下げることになるはずなんですよね。もちろん厳しい浜値の中でも自社の魚をどう売って収益を積み上げるかは大事なテーマですが、それを考えるのは生産部門(生産者としての思考モード)ではなく、加工販売部門(販売者としての思考モード)の仕事です。

マーケットインの生産方式は養殖には不向き

マーケットインのアプローチで原価低減にこだわればいいじゃないか。

その主張はよくわかります。何よりその考え方で実際に成功した企業があります。それがトヨタです。「トヨタ生産方式(Toyota Production System)」という言葉は一度は聞いたことがあるのではないかと思います。

TPSの中で提唱されている原価低減のためのムダの排除や継続的改善、標準化の考え方はとても参考になります。しかしこのトヨタのやり方も、やはり全面的な導入はどうにも厳しいと思うのです。

TPSの基本的な枠組みのひとつにJIT(Just In Time)という考え方があります。JITは作り手の論理で大ロット生産をするのではなく、小ロットで必要なものを必要な時に必要なだけ作ることでマーケットの需要変化に柔軟に対応しようという考え方です。つまりJITは極めてマーケットインなアプローチをとっているわけです。

このJITに出てくるツールがカンバンというツールです。マーケットインでの生産を突き詰めると、売れるものを売れるだけ作ればいいということになりますので、前工程から必要な分だけを引き取り、前工程が抜き取られた分だけを生産するという生産プロセスになります。これを後工程引き取り生産というのですが、大事なことは出荷がなければ生産は指示されないということです。そのとき生産指示として振り出されるのがカンバンです。

これらのJITやカンバンといった仕組みがTPSの軸となっており、マーケットインのアプローチでの原価低減を実現しているわけですが、養殖においてはこれらの考え方を採用するのは適切ではないと思っています。前工程に引き取り生産指示をしてから生産するまでに2年以上かかるからです。そう、時間軸が長すぎるのです。

2年先の需給を正確に予測するだけでも難しいのに、生産指示ができる時期は1年の中でも限られた期間だけです。魚は生き物なので、人間が生産したいと思ったときに卵を産んでくれるとは限りません(種苗生産技術で一部解決されているが完全ではない)。TPSでは在庫は最小限にして、売れたら必要な分だけ作るという考え方をしますが、これでは欠品や機会損失が発生する時間が長くなるだけです。

計画押し込み生産でプロダクトアウトを徹底

養殖では漁業権が決まっているため、急激に養殖尾数を増やすことはできません。生簀繰りができなければ、飼育密度が上がり、斃死リスクが上がります。だったらいっそ、作り手の論理でできるだけ大量仕入を起こしてコストを下げ、大量生産で効率性を高め、大量在庫でどんな注文にも迅速に対応するみたいな計画押し込み生産の生産方式を採用する方がうまくいくのではないでしょうか。

先行きの分からないマーケットに頭を抱えていても何も始まりません。だったら、プロダクトアウトを究極まで突き詰めていく方が競争力を高められるのではないかと思います。ある程度の需要予測ができたら、あとは作りやすいものを作りやすい順番で効率よくつくることに集中する。

品質の高い製品を安定的に供給することこそが、長期的な市場ニーズに応えることにもなります。だから、マーケットインの出番は長期的な市場トレンドを考慮するとか、ポートフォリオに一部ニッチ向けの魚種を入れておいてバランスを取るとか、そのくらいで捉えた方がいいと思います。

地道な工程管理と品質管理が不可欠

プロダクトアウトのものづくりとなると、いかに「作りやすくするか」を考え抜くことになります。そうすると、基本的な方向性としては調達や生産の規模を大きくすることを考えた方がいいです。

たとえば、漁協内の生産者で合従連衡し、餌を共通化したり、納期を共有したりすれば、疑似的に生産規模を大きくすることができます。大量仕入を起こし、物流もシンプルにできれば、餌のコストを圧縮できます。

また見込で大量生産する以上、需要予測や生産計画は極めて重要になります。浜値は周期的に変動しますので、データを蓄積していくことで、完璧ではなくとも一定の幅で着地するであろうという予測するくらいであれば無理な話ではありません。

東京都中央卸売市場 市場統計情報 「ぶり」→天然もの、「はまち(養殖)」→養殖ブリ

そして生産量が多いということは、生産工程の管理・効率化も必要になります。計画と実績のギャップを分析し、生産や販売にフィードバックしなければ生産も加工も販売も破綻してしまいます。そのためには工程管理と品質管理を徹底しないといけません。

AIやIoT機器のような最新設備は確かに魅力的ではあります。でもこれらの設備に投資したら生産効率がいきなり改善するなんてことはありません。それはただの幻想です。実際に必要なのは、もっと地道な取り組みです。たとえば、紙ベースの記録をデジタル化するとか、業務を標準化するとかですね。

まとめ

加工販売の過程はマーケットインでじっくり考えればよいのではないかと思います。2年後、3年後を見据えた市場でどういう魚が好まれるか、どういう販売をしていくべきかという話は事業戦略上も大事な話で、ここにもマーケットインの考え方を取り入れる余地があると思います。

しかし、なんでもかんでもマーケットインにすれば成長産業化できるというのはちょっと違うような気がします。

一度池入した魚はとにかく出荷まで育てきり、売り切る他ありません。走り出したものは止められないのです。だからこそ、生産過程においてはある程度の見込みを立てたらとにかく作る側の論理を考え抜いて最大化することで生産コストを下げる方が事業の競争力を高められるのではないかと僕は思います。

記事を最後まで読んでいただいてありがとうございました。
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おしまい。

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