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新種を探すプロジェクト

私は魚類の寄生虫の研究をしていますが、研究分野は分類学です。分類学をわかりやすくいうと、生物をじっくり観察し、体の特徴やDNA解析によってそれがどのような種類なのかを調べています。それだけでは、生物の名前を調べているだけのように思われますが、新種の発見や新たな生息場所の発見などにつながる基礎的な研究です。先日、興味深いリリースを見つけたので、新種の報告の仕方とともに紹介します。

国際的な未知の海洋生物探査プロジェクト

このプロジェクトは、日本財団とイギリスのNekton財団が行う海洋生物探査です。日本財団とは、公営競技の1つである競艇の収益金をもとに、海洋船舶関連事業の支援や公益・福祉事業、国際協力事業を主に行っている公益財団法人です。海洋関係の研究にも支援を行っており、私もマリンチャレンジプログラムなどに参加したことがあります。このプロジェクトの意義は、「新種の海洋生物の平均発見数は1800年代からあまり変化しておらず、現在記録されている約24万種は全体の約10%程度に過ぎません。発見から登録までの期間は、最短でも1~2年かかり、原始の海に誕生した生命の進化の歴史を紐解く鍵である生物種が発見されないまま絶滅してしまうことが危ぶまれています。(リリースから抜粋)」となっており、大学や研究機関、メディアなどと提携して海洋生物の新種を一気に見つけていくというものです。

博物館に収められている標本。新種を発見したら標本を作製して博物館におさめてなければいけません。

新種を見つける意味

新種の発見に関わる研究分野はまさに分類学になるのですが、新種の発見にはどのような意味があるのでしょうか?リリースには「新種の情報を一元的に管理し、誰もが自由にアクセス可能とすることで、海洋生物の多様性保全や進化の解明にとどまらず、環境変化の予測や、遺伝子情報の解析による新しい医療・薬品等のバイオテクノロジーの発展など、様々な分野に貢献させることを目指す。」とあります。生物の多様性の保全や進化の解明は、これまで発見された生物種をもとに行っています。しかし、これまで発見された生物種というのは地球に存在する生物の一部ですので、完全に理解した上でできているとはいえません。また、生物が体内で作る物質は薬品として利用できたり、生物の持つ遺伝情報が医療に生かされることもあります。新種をたくさんみつけて、人類が知る生物種が増えれば増えるだけ人類のテクノロジーの幅が広がります分類学が直接病気を治すことはありませんが、治療のきっかけを作ることになるのかもしれません

チューブの中に浮いているのがDNAです。

何をしようとしているの?

ダイバー、有人潜水艇、遠隔操作船(ROV)、自律型海中ロボット(AUV)といった技術の提供、研究機関、政府機関、民間企業等によって既に企画されている探査に研究者を派遣する協力調査、他団体への式解析キットの提供による効率的な情報収集の構築を行うようです。そして、初年度の新種発見数として4,650種、最初の10年間で少なくとも10万種の新種発見を目指すらしいです。
このリリースの中で私がもっとも印象に残ったのが、「クラウドベースでの分類学者のネットワークを構築することで、最短でも1~2年かかると言われている新種発見から登録までのプロセスを、本プロジェクトでは数カ月程度で完了させることを目標とし、大幅なスピードアップとスケールアップを図ります。」というところです。私も新種の報告はしたことがあり、現在も報告中なのですが、とてつもなく時間がかかります。いったい、どのようにするのかはわかりませんが、新種を見つけるのにどのようなことをしているのか紹介します。

私がスケッチを行う時に使用している顕微鏡です。中古でしたがとてもよい顕微鏡です。

新種を発見したら

書籍にもなっていますが、新種が発見されるのはいろんなケースがあります。初めて見た時に新種と確信する場合もあれば、生物の特徴を丁寧に見直している時に発見する場合もあります。おそらく、後者のケースが多いのではないかと思いますが、見るからに新種の生物を見つけても体の特徴の記録とDNA解析を行う必要があります。体の特徴の記録というのは、詳細なスケッチや電子顕微鏡の画像のことです。スケッチといっても学校の理科の授業でやったものとは異なり、体の形から細かい毛の数まで標本と同じです。もし、口の中に棘が200本生えているのであれば、その200本全て描きます。そして、どのようなところが新種にしかない特徴になるのかを、発見した新種の近縁種の特徴と比較して論文にして発表することで新種と認められます。現在では、新種の塩基配列情報を論文と一緒に報告し、DNAで種類を判別できるようにしています。これによって、専門家でないと正確な種類がわかならないようなマイナーな生物も、DNAを調べるだけで種類の判別ができます。

時間がかかる原因

体の特徴を記録したり、DNAを解析して、英語の論文を作成するのにもかなり時間がかかるのですが、新種発見の報告に時間がかかるさらなる原因が“査読”です。新種発見の論文は科学雑誌に投稿するのですが、このときその論文が雑誌に掲載するのに相応しいか判断するために行うのが査読です。この査読は、雑誌の編集者が世界中の専門家に依頼して行われるのですが、ボランティアです。また、多くの場合1つの論文に2名の査読者がつくので、「1本論文を投稿したら2回は査読を受けようね」と言っている研究者もいます。この査読で問題になるのは、査読を受けてくれる研究者がいないことです。特に、新種を発見した場合の論文であれば、発見された新種が属する動物種のグループ(分類群とかいいます)を熟知している専門家でないと内容が適切であるか判断できません。そのため、論文を書いて投稿するときに、査読ができそうな研究者リストを編集者に渡すことが一般的です。中には、研究者ネットワーク?のようなサイトで探すこともあるようです。それでも、先方の事情や利益の相反などで査読を受けてもらえないことがあり、新種の発表に時間がかかる一因になっています。

少し嬉しかったこと

このリリースを見てちょっと嬉しかったのが、新種を発見するという分類学が取り上げられていたことです。日本財団は、「本プロジェクトを通して、専門家のみならず一般市民や子ども達にも、未知の海洋生物発見の楽しさやロマンを伝えていき、次世代に豊かな海を引き継ぐための基盤づくりを進めてまいります。」と言っているので、これを機に分類学があるから海が豊かだと知ってもらうきっかけになってくれればと思います。あと、査読が早くなったりするのでしょうか?今回このリリースが気になったのも、私の投稿した論文が査読にまわったきり数ヶ月経っているからです。明日メール来てるかな?


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