「こころ」を3枚渡された話
こんにちは。うおはると申します。
日常用でもある程度書くことを始めてみたいと思い、#忘れられない先生 というお題を見て思い出した一人の先生のお話を書いてみます。
先生に逆らい始める年齢のぎりぎり手前、小学4年生のとき。
私の担任となった女性の先生が、その後高校まで含めた12年で一番好きだった方だ。
あるとき、先生はクラス全員に一人3枚ずつ付箋を配った。
今のようにおしゃれでかわいい色かたちのものはなかったから、ただの四角い付箋。
「これはあなたたちの『こころ』です」
と先生に言われた。
誰かにいいことをしてもらったとき、その相手に付箋を1枚渡してあげるというのがルール。
なーんだそれだけか。
と思ったら、それが意外と難しい。
手持ちは3枚だけなので、人からいいことをしてもらってばかりだとすぐに渡す「こころ」がなくなってしまう。そのため、自分も人にいいことをして「こころ」をもらう。
逆にいいことを積極的にして「こころ」をたくさん集めても、その分誰かに対して感謝の気持ちを伝えられていないことになる。だから、どんな些細なことでもいいと思えたら相手に「こころ」を渡せるようになる。
つまり、多すぎず、少なすぎずの数をキープすることで、積極的にいいことをする習慣と、誰かにいいことをしてもらったら感謝する習慣が身につく。
実際に、元気のありあまる子たちはクラス中の子の手伝いをして付箋をもらいに行き、逆に引っ込み思案な子の所へは勉強を教えてもらうなど、何かきっかけを作っては付箋を渡しに行った。
クラスのみんながそれぞれの良い所を知ろうという気持ちで日々過ごしている空間は、ともすれば足の引っ張り合いやけなし合いになってしまう閉鎖的な学校生活の中で、とても気持ちの良い場所だった。
私は教育を学んだ人間ではないから、もしかしたらこれはよくある手法なのかもしれないけれど、あの年齢の頃に「助け、助けられて生きている」ということを身をもって学ぶことができたのはとてもよかったと思っている。
先生、お元気でしょうか。
朗読がお得意で、朝の10分読書の時間には各自で読書させるのではなく読み聞かせをしてくださいました。
毎日少しずつ読み進める『走れメロス』。
10歳にはまだ難しかったけれど、最後のシーンを泣きながら読んでくださったことが忘れられません。
「この場面になると何回読んでも涙が出てしまうの、ごめんね」と言いながら。
先生自身が心のきれいな方だったからこそ、常に笑顔で前向きなクラスづくりができていたのだな、と社会人になりすっかり心がすさんでしまった私はときどき自分のネガティブ思考を反省します。
小学校~高校で12年間お世話になったたくさんの先生方。
名前も覚えているか怪しいような先生が多い中、これだけ印象的な先生に出会えたこと、私は今でも幸せに思っています。
ありがとうございました。
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