「どんなけ会社に尽くしてきたと思っているんだ」という言葉
今までどれだけ会社に尽くしてきたと思っているんだ
ある映画で、業績不振により早期退職者を募るシーンがあります。その中で「今までどれだけ会社に尽くしてきたと思っているんだ」と嘆く人物が登場します。
気持ちは理解できます。私も突然解雇されたら途方に暮れるでしょう。しかし、そういう事態に備えて、どういう準備をしてきたのかという点には疑問を感じます。
離婚をしたいけど貯金がない
テレフォン人生相談では、離婚を考えているが貯金がなく、仕事も探していないという相談をよく耳にします。自分が同じ立場なら、同じように途方に暮れるかもしれません。
もちろん、そんなことは考えたくないと思いますが、そういう兆候を感じ始めた時に、そういう事態に備えて、どういう準備をしてきたのかという点には疑問を感じます。
「チーズはどこへ消えた?」
『チーズはどこへ消えた?』という書籍は、変化に直面したときの対処法を教える寓話です。迷路に住むネズミと小人が、日々チーズを探しますが、ある日チーズがなくなります。彼らは新たなチーズを求めて行動し、変化に適応することの重要性を学んでいきます。
迷路に住むネズミたちは、チーズを見つけても常に次のチーズを探し続けていましたが、一方で小人たちは大きなチーズを見つけたことに満足し、努力を怠った結果、困難に陥ってしまいます。
会社は収入を得る手段
誤解を恐れずに言えば、会社は生活の「手段」であり、「目的」ではない、というのが私の考えです。もし、小さい頃からプロ野球選手を目指して夢を叶えたような人であれば、仕事そのものが目的になり得るかもしれません。しかし、おそらく多くの人にとっては、仕事は生活の手段に過ぎないのではないでしょうか。もちろん、会社には社会貢献という立派な役目もありますし、会社が従業員を守るべき最低限の義務はあります。しかし、会社は個々の従業員のために存在するわけではないのです。いずれ会社も辞める時が来ます。
あてにするから腹がたつ
「今までどれだけ会社に尽くしてきたと思っているんだ」という言葉。仕事に限らず、「どれだけ尽くしてきたか」という怒りは、依存心の表れだと感じます。見返りを期待して努力するからこそ、報われなかったときに不満が生じるのです。そういう怒りが生まれるということは、依存心が強いかもしれません。
理想と現実のギャップ
とはいうものの、私自身も会社に依存しない生き方を模索してきましたが、なかなか上手くいかないものです。いくら準備をしたって、思うようにいかないことの方が多いです。予期せぬタイミングでの自主退職や、思わぬところからの仕事のご縁。ある時は、リスクヘッジを取りすぎての取り越し苦労。将来のことを考えず、成り行きに身を任せている方がうまくいくんじゃないか?と思うことも度々あります。ただ、「どんなけ尽くしてきたと思っているんだ」とは、思わない人間ではありたいとは思います。