「今、生きている経験」を求めて【初トライアスロン中編】
スイムで右太もも内側、内転筋が攣ってしまった僕は、何とか自分の自転車置き場まで辿り着くことができた。僕は苦戦しながらウエットスーツを脱ぎ、その場に座り込んでしまった。
冷たい秋雨がしとしと降り続け、どんどん体温を奪っていくのを感じた。とりあえず右太もものストレッチをして回復を待つ。盟友まるちゃんから差し入れでもらったアミノバイタルをOS-1で流し込み、ゼリーでカロリーを補給する。ありがたし。
次から次へと競技者が僕の横を自転車を押しながら走り去っていく。僕も行かなきゃ、と気持ちが焦ってくるが、足の痛みは治らない。さて僕はどうしたものか?リタイアか?
決まってるやろ、靴を履いて自転車に乗るんや!
心の声がそう叫んでいた。まだ、前へ進む意思は挫けてはいない。
これまた苦戦しながら靴下を履き、自転車用のビンディグシューズを履く。何とか立ち上がり、僕は自転車のスタート地点へと歩き始めた。
大阪城トライアスロンの特徴として、このトランジションの距離が長いらしい。確かに自転車に乗れるスタート地点までは少し距離があった。
ようやく自転車のスタートポイントまで来た時、目の前に妻がいて、手を振っていることに気づいた。すると気持ちが一気に楽になり元気が出た。
まだ、やらなきゃ!
僕は自転車にまたがり、よろよろと進み出した。いける。まだ続けることができる。とにかく、いけるところまで行こう。
大阪城公園内のカーブの多いコースを抜けると、JR環状線沿いの玉造筋に出る。全長1.5kmの直線コースを何度も往復するのだが、雨のおかげで水溜りだらけだ。
寒っ!
自転車とはいえ、時速30kmは出る。タンクトップと短パンという服装ではとにかく寒い、くそ寒い。
これは一体何の罰ゲームなんや!
10月、秋晴れの爽やかな空の下、気持ちよく自転車を漕いで・・・という自分のイメージとは全く違う状況。勘弁してくれ・・・。一体、何で俺はこんなことしてるんや・・・?
そう僕は一体、何でトライアスロンに挑んだのだ?
本気で何かに取り組みたかった。
中途半端じゃなくて、フルコミットできる何かが欲しかった。
そして自分が「今、生きている」という実感を味わいたかった。
それを思い出すと、心が熱くなった。すると身体も熱くなってきた。
心を燃やせ。
自転車は1番得意な種目だ。しかも、このコースは何度も何度も走り込んでいるホームコースだ。大きなギャップや危険なマンホールの位置まで覚えているのでホーム・アドバンテージがある。それだけで精神的に全然違う。「知っている」と「知らない」では疲労度が俄然変わってくる。
抑え気味で1周すると、自転車に身体が馴染んできて、足の痛みも治まってきた。少しペースを上げて2周目以降は快調に飛ばす。もう雨はそんなに気にならない。
ただ折り返しの時、気をつけないと雨でブレーキが効きにくいのでフェンスに突っ込みそうになる。かなり前から減速し、マンホールにタイヤを取られないように神経を研ぎ澄ませる。
後半は何台か抜き去ることができて、どんどんテンションが上がっていった。
さあ、行こう!Hokka!!
そう僕は叫びながら、自転車のペダルの回し続けた。アドレナリンが全開になったのか、寒さも足の痛みも気にならなかった。そして僕はようやくこのレースが楽しいと感じることができていた。
水たまりの中を走り、前を走る自転車からの水飛沫を浴び、全身ずぶ濡れになりながら、この状況が何だかおかしくて笑顔になった。そして規定の周回を終え大阪城公園内へ戻る頃には、もっと走りたいとすら感じていた。
フィニッシュポイントで自転車を降りた僕は例によって、長〜いトランジションを自転車を押しながら走り、バイクラックに自転車をかけ、ランニングシューズに履き替える。
さあ、いよいよ最後の種目ランだ。
この時までは、僕はこのまま快調にゴールできると信じていた。
<後編へ続く>
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