さらばミナミの魔窟・味園ビル
金龍ラーメンから日本橋の駅へ向かう途中、その怪しげなビルの前で僕は足を止めた。そしてビルの中へと吸い込まれていった。
味園(みその)ビルをご存知だろうか?
大阪ミナミは千日前の裏通りにあるレジャービルである。いかにも昭和の遺産といった雰囲気を醸し出しており、素人にはちょっと近寄りがたい。
しかしバブル崩壊後は2階のテナントがに大量に空き物件が出た。そのため21世紀に入り若いオーナー向けに「敷金、礼金、保証金無し!」という破格の条件で誘致したところ個性的な店が続々と増え、大阪のサブカル、アングラの発信地となったのであった。まるで新宿ゴールデン街のようだ。
スロープで2階に上がり、そのバーを目指す。それにして、相変わらず怪しげな店が多い。
ファミコンバー、深夜喫茶、フィギュアで埋め尽くされたスナック、死神の鎌が入り口にあるバー、オカルトバー、ライブシアターまである。この昭和感漂う退廃的な雰囲気がたまらない。
僕はちょうど20年前、2006年頃からここの2階でよく飲んでいた。変わった店で、変わった人たちと楽しく杯を重ねたものだ。
しかし建物の老朽化のため、今年いっぱいで全ての店は立ち退くことになったらしい。つい先日、そのことを知った。
だから、この思い出がある場所に来たかったのだ。
そして僕は懐かしい店を見つけた。
外からは店の中は全く見えない。そんな店によく客が来るよなあ、と思いつつ僕は重いドアを開けた。
中に入ると「いらっしゃい」と、レザーのテンガロンハットを被り、長く白い顎髭をたくわえたマスターが出迎えてくれ、一瞬「おやっ?」という顔をした。
「お久しぶりです」
「ああ、あんたか!」
マスターは僕のことを思い出したらしく、笑顔でカウンターの端っこの席をすすめてくれた。
そう、そこに僕は座りたかったのだ。
そこに、今夜僕が来た理由であるものが飾ってあった。
(to be continued)