【レポート】PFASの健康リスク、科学と報道のギャップ
【レポート】PFASの健康リスク、科学と報道のギャップ (本文2,296文字)
株式会社ウェッジは、同社のネットニュースサイト「Wedge Online」の令和7年1月23日付け記事として、東京大学名誉教授の唐木英明氏による「PFASの健康リスクは小さい_誤解続く環境汚染と健康リスクの違い―最新の科学と報道」を公開しています。
PFAS(有機フッ素化合物)の健康リスクについての報道が続き、不安が広がっています。IARCが発がん性を指摘しましたが、食品安全委員会などの規制機関は科学的根拠に基づいてこれを否定しています。
この記事は、科学と情報の乖離が大きく、健康影響は科学に基づいて判断すべきであり、食品安全委員会の評価や米国の裁判事例を通じて、PFASの実際の健康リスクを明らかにするべきであると提言しています。
なお、筆者の視点で作成したダイジェストなので、内容をかなり濃縮させています。ご興味あれば<一次情報>にある原文を是非ご確認ください。
<概要>
発がん性が指摘される化学物質PFASが全国各地で検出されているとの報道が続き、不安が広がっている。国際がん研究機関(IARC)が発がん性を指摘したことは事実だが、内閣府食品安全委員会をはじめとする世界の規制機関が科学的根拠に基づいてこれを否定していることはほとんど報道されない。
安全を確認するのは科学であり、安心と不安を作り出すのは情報である。PFASについては科学と情報の乖離が大きいことから、その健康影響は感情ではなく科学に基づいて合理的な判断をすべきと1年前に提言した。それでは最新の状況はどうなっているのだろうか。
食品安全委員会は、2024年6月に発表した評価書で、PFASの健康リスクの実態を明らかにした。PFASとは多くの有機フッ素化合物の総称であり、評価を行ったのはその中のPFOA、PFOS、PFHxSの3種類である。その結論を一言でいうと、健康リスクの可能性が指摘されている肝臓、脂質代謝、免疫、発がんについては毒性を示す確実なデータはなかった。他方、実験動物の出生児に対する影響だけはかなり確実なデータがあったというものだ。
この検討結果に基づいて、PFOSとPFOAが実験動物の出生児体重の低下を起こさない量に30分の1から300分の1の安全係数をかけ合わせて、指標値に設定した。具体的には、PFOSとPFOAそれぞれについて、1日あたり体重1キロあたり20ナノグラムを「耐容一日摂取量」(TDI)すなわち「人が一生涯にわたって毎日摂取し続けても健康への悪影響がないと推定される一日当たりの摂取量」とした。他方、PFHxSについては十分なデータがないことから指標値を決めなかった。
身近な例で言えば、体重50キロの人なら1日に1000ナノグラム以下が指標値だ。規制値の上限である1リットル当たり50ナノグラムが混入した水道水を20リットル以上飲めば指標値を超える。人が1日に飲む量である2リットルの10倍になる。安全係数を考慮すると、数100リットル飲めば健康被害が起こるかもしれないが、それは出生児体重の低下であり、しかも実験動物の話だ。これがPFASの健康リスクの実態である。食品安全委員会は、通常の食生活(飲水を含む)で摂取される程度のPFOSとPFOAにより著しい健康影響が生じる状況にはないと述べている。
「PFASは非常に危険」と信じている人たちは、この評価が納得できなかったのだろう。あるテレビ番組はこの評価について「健康リスクとPFASの関連を示す証拠が不十分だとしていて、評価は定まっていない」と述べた。「まだ分かっていないから怖い」という誤解を作り出す間違ったコメントである。食品安全委員会は多くの論文を集めて検討し、実験動物の出生時体重については関連があるが、それ以外はないことを明らかにしているのだ。
また、ある番組は「食品安全委員会は規制の強化を求めていない」と批判した。しかし健康被害がないのになぜ規制を強化するのか、科学的根拠は述べていない。「PFASは恐ろしい」という先入観に基づく批判にしか見えない。
ある番組は、世界最大の水質汚染があった北イタリア・ベネト州の住民調査について報道した。調査結果を記載した2024年の論文によれば、工場排水による水質汚染は1966年に始まり、2013年の飲料水中のPFOA濃度は1リットル当たり319ナノグラムだった。この年に対策が始まり、18年には検出限界以下になった。80年から34年間の汚染地区住民の死亡原因を調査したところ、非汚染地区より死亡率が高く、心血管疾患と腎臓と精巣の腫瘍が多かったという。この論文は食品安全委員会の評価後に発表されたものであり、これは科学的根拠を示した批判と言える。
しかし、番組が伝えなかったことは、イタリア以外の世界の多くの汚染地域でも疫学調査が行われ、それらを食品安全委員会が総合的に検討していることだ。その結果、PFOAと腎臓がん、精巣がん、乳がんとの関連については、研究調査結果に一貫性がなく、証拠は限定的であると判断し、PFOSと乳がん、PFHxSと腎臓がんおよび乳がんとの関連については、証拠は不十分であると判断している。
科学は事実の積み重ねである。他の多くの汚染地域ではPFASの健康影響がないことが分かっているのに、イタリアだけは影響があるのだろうか。この疑問は今後明らかにされるだろう。
<まとめ>
PFASは発がん性が指摘されていますが、科学的根拠に基づく評価では健康リスクは低いとされています。食品安全委員会の評価によれば、通常の生活での摂取量では著しい健康影響はありません。報道と科学の乖離が不安を生んでいますが、科学に基づいた冷静な判断が求められます。今後は、さらなる研究と規制の見直しが進むことで、より正確な情報提供と安心感の向上が期待されます。
注意:唐木氏の原文をもとに筆者が作成したダイジェストです。是非<一次情報>から原文をご確認ください。
<一次情報>
【WedgeONLINE】PFASの健康リスクは小さい_誤解続く環境汚染と健康リスクの違い―最新の科学と報道の乖離
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/36411
<参考情報>